今年は初音ミク誕生から10周年だそうです。
一時期の熱狂的なブームは沈静化した感がありますが、それだけアーティストの「ツール」として浸透したということかもしれません。
かつてのブーム時を知るものとしては、いささか寂しさも感じたりもするんですけどね。
V系とボカロという異種コラボの産物、2枚のコンピアルバム
さて、初音ミクをはじめとするボーカロイドは登場当初こそ色物的な扱いを受けていたものの、それを用いて非常に多様なジャンルの楽曲で用いられてきました。
ジョーク的な内輪ウケの楽曲ももちろんありますが、ロックなどのメジャージャンルはおろかエレクトロニカなどのマニアックなジャンルにまで及びます。
その応用性の高さとインパクトもあってか、次第に様々なジャンルのアーティストとも、コラボレーションが行われるようになっていきました。
その中でもかなりコラボの盛んさが目立ったジャンルとして、V系があります。
一見ファン層がまったく重ならないように見えるこのジャンルですが、方向性は異なるものの楽曲の押し出しの強さなど、共通する面も多々あったからでしょうか。
そんな中で、2012~2013年にかけて、V系とボカロ、双方のポジションを入れ替えた2枚のコンピレーションアルバムが発売されています。
この頃は「Ecthelion(エクセリオン)」という、全楽曲にボーカロイドを使用したV系バンドさえ登場していた時期でしたから、V系とボカロのコラボ熱もそれだけ高まっていたということでしょう。
では、その内容のほどはどうだったのでしょうか。
V系バンドによるボカロ曲カバー『VOCALOID × V-ROCK collection』
まず、V系アーティストによるボカロ曲の変貌っぷりを楽しめるのが、『VOCALOID × V-ROCK collection』(FARM RECORDS/2012年9月19日リリース※リンク先はメーカーページ)です。
収録曲は以下の通り(()内が原曲作者、/のあとが演奏アーティスト)。
02. 天ノ弱(164) / LOST ASH
03. 害虫(鬱P) / MEJIBRAY
04. カーニバル(otetsu) / Dolly
05. 千本桜(黒うさP) / ZORO
06. いろは唄(銀サク)/ ADAPTER。
07. トリノコシティ(40mP) / 花少年バディーズ
08. Fire◎Flower(halyosy) / Dynamite Marilyn
09. Lost Story(ゆよゆっぺ) / DIAURA
10. 夢喰い白黒バク(Nem) / ZUCK
11. FREELY TOMORROW(Mitchie M) / Wizard
コンセプトからするといかにもロック的な楽曲をチョイスしたのかと思いがちですが、実際に選ばれた楽曲はロック系ばかりというわけでもなく、どちらかというとポップな印象が強い作品が多くの割合を占めます。
ただ、いかにもV系と相性がよさそうなマイナーコード主体・スピーディー、かつサビの強さが効いたものが多く、この点はほぼ一貫しています。
比較的ロック要素強めな作品ではゆよゆっぺ氏の『Lost Story』など。氏はロック系コンピでは常連ですが、本作は彼特有のエモっぷりが存分に生かされた代表作です。
一方、同じ常連でもハードコアっぷりで知られる鬱P氏の『害虫』などはロック色がむしろ強すぎてこの中ではむしろ異色ですね。
いずれにせよ、2012年当時のロック寄りのボーカロイド曲として頻繁に挙げられていたラインアップに加えて千本桜などの有名曲もかっちり押さえられており、曲のセレクトとしては全体的に手堅いラインアップと言っていいでしょう。
アレンジとしては、想像通り全体的にハードさ(曲によってはノイジーさ)およびV系特有の耽美性が大幅増量といった仕上がり。
元曲のポップさは維持されているため、各アーティストの普段のノリと比べると違和感を感じる面はありますが、歌謡曲的な要素を押し出したV系楽曲と考えれば十分聴けるクオリティに仕上がっています。
V系楽曲がボカロ曲に早変わり!?『I love Visualizm feat. 初音ミク produced by マチゲリータ』
一方、『VOCALOID × V-ROCK collection』とは真逆のアプローチをしたのが、『I love Visualizm feat. 初音ミク produced by マチゲリータ』(ビクター/2012.07.25リリース※タイトル中の「love」は正しくはハートマーク。リンク先はメーカーページ)。V系バンドの楽曲をボーカロイドを用いてカバーしたものです。
アレンジャーは、本人もV系Pとして知られるマチゲリータ氏。使用ボーカロイドは初音ミクはもちろんGUMIから神威がくぽまで男声女声織り交ぜています。
収録曲は以下の通り(()内が原曲アーティスト)
2. 未完成サファイア feat. GUMI (少女-ロリヰタ-23区)
3. Vanilla feat. 神威がくぽ (GACKT)
4. クライシスモメント feat. 初音ミク (メリー)
5. アトリア feat. 鏡音リン (NoGoD)
6. 女々しくて feat. 初音ミク・鏡音リン・鏡音レン・巡音ルカ・GUMI・神威がくぽ・VY2 (ゴールデンボンバー)
7. BOYS&GIRLS feat. 鏡音レン (LM.C)
8. 夏恋 feat. 巡音ルカ (シド)
9. 黒い砂漠 feat. 巡音ルカ (jealkb)
10. スノーシーン feat. GUMI (アンティック-珈琲店-)
11. キスミイスノウ feat. 初音ミク (アヤビエ)
12. ニルヴァーナ feat. 鏡音リン (ムック)
13. 真っ赤な糸 feat. 鏡音レン (Plastic Tree)
14. ブルーフィルム feat. VY2 (cali≠gari)
15. lost graduation feat. 鏡音レン (Raphael)
V系とはいっても、X JAPANやBUCK-TICKといった元祖的存在は含まれておらず、90年代半ば以降に登場したアーティスト・および2000年以降のネオビジュアル系が中心のラインアップとなっています。
独特の薄暗い文学性で知られるPlasticTree、あるいはcali≠gari、ムックといった密室系のバンドなど、当時V系の中でも異端的な扱いを受けていたバンドも目立ちます。
今ではいずれのバンドもこの世代のV系バンドとしては大御所ではありますが…
そのため「だれでも知ってる」といった類の作品は当然少なく(この中だと比較的知られていても『女々しくて』くらいじゃないかと…)、収録全バンドを聞き込んでいるという方でもない限りは初見の作品が多いでしょう。
そういう意味では、モロにV系ファン向け。さらに言えば、各バンドのファンの方を前提としても妙にマニアックな選曲がちらほらみられるのも特徴です。
ただ、ある意味「ボーカロイド作品としてメロディラインの面でアレンジしやすいもの」を主体として選んだ感があります。
で、こちらのアレンジ具合はというと、「思いっきりボーカロイド寄り」。
仮に原曲を一曲も知らない方が聞いたとしたら(本作に興味を持った時点でそういう方はほとんどいないでしょうが…)、普通にボーカロイド起源の曲としてとらえても不思議ではありません。
思い入れ次第では激怒の可能性も…二次元と三次元の厚い壁
ということで、いずれのアルバムも、それ単体でいえば十分にクオリティは維持されています。
ただし、これには保留が付きます。
それは、元曲および、元となったジャンルに思い入れがあればあるほど、どうしようもなく違和感を感じるだろうこと。
実際、この2作、見事に評価は賛否両論で、「面白い!」となるか「ふざけるな!」となるかでくっきり二分されています。
ボーカロイド曲というのはハナからボーカロイド特有の機械的な無機質な声質を前提として構築されている部分が強いです。
V系もしかりで、バンドとしての音とボーカル、そしてV系特有の雰囲気の絶妙なバランスの上に成り立つものとして作り上げられているものです。
そして、これらのジャンルはいずれも、それらのいわば構築美に対する、それぞれのファンの大きな思い入れで成り立っています。
それを逆にしたらどうなるか…
楽曲としての味わい、それ自体が大きく変わってしまうのは否めません。
アニメや漫画と実写は相性が悪いというのはよく言われることですが、ある意味そのパターンに似ているともいえるでしょう。
ユニークな試みではあるものの、ガチのファンであればあるほど、額に血管が浮き出てくる可能性が多大にあります。
最近ではAIと人間の関係性の難しさが語られて久しいですが、考えようによってはこれらのコラボ作品は、それとは違った意味で、機械と人間の乗り越えの困難な壁の存在を考えさせてくれる内容と言えるかもしれません。大げさではありますけど。
これまで原曲を聞いたことがない中で興味を持った方にはお勧めできる内容ですが、それ以外の方(繰り返しますが、こちらの方が大多数でしょう)の場合は思い入れを一旦捨てられることが前提条件。
そのうえで、「どう生まれ変わったのか」という、Remixに対する単純な音楽的興味だけで聴いた方がいいかもしれません。