萌えるダメOLのニューフェース 若菜『いたいお姉さんは好きですか?』

どんなに外面がよい奴だろうと才能があろうと、結局は一人の人間。
一旦私生活に戻ればどんな自堕落な生活を送っているかなんてわかったもんじゃありません。
男女問わずそうですが、プライベートというのは人に見せられたものじゃないからこそプライベートなのです。
まして、世の中の大半を占める凡人の場合はなおさら。

ただ、そんな自堕落さは、言い換えれば素の姿でもあります。
だからこそ、今でも職場のバカ話でも、異性のプライベートの話というのは定番なのでしょう。
今のご時世だと、相手とタイミングを間違えるとあっという間にセクハラ・パワハラになってしまいますが、そうした危険性にもかかわらず飲み会でこうした話題が絶えないのは、それだけ興味を引く話題だってことですよね。

そうした話題だけに、漫画のネタとしても昔からプライベート物は常にある程度安定して供給のあるジャンルです。
もちろん本当にだらしないところまで書いてしまうと洒落にならなくなるので、まだネタとして収まる範囲ではありますが。
「いたいお姉さんは好きですか?」(若菜・ヤングキング掲載)もその典型的な作品の一つ。
しがないOLである主人公・板井栞のだらしなくダメダメな私生活を描いたものです。

本作の特性として、タイトルや主人公のネーミングからもわかるように、だらしなさ以上に痛さが際立っているところ。
そして、そんなキャラでありながらあくまでも「萌え」の文脈で描かれているところです。
「…うん、痛いわ」とポツリとつぶやきたくなる26歳OLの姿が、何故かかわいらしく、淡々と描かれています。
ナレーションが頻繁に入るせいか、読んでいる感覚としては日常系のコミックエッセイに近いものがあります。

この手の作品としては女性的な感覚が比較的強く出ており、作中の細かな出来事や板井さんの反応にそうしたセンスが盛り込まれているのが特徴。
ヤングキングといえば、青年誌の中でもアウトローもの・バイオレンスものが主体でモロに男性向けという印象が強い雑誌ですが、そんな掲載誌のカラーの割には女性が読んでも共感できそうな仕上がりになっています。

話の内容としては一発ネタやあるあるネタを連ねていく形なのでこれ以上の詳述は避けますが、本作を読んで感じるのは一見素朴ながら、実は下手なガチ萌え作品以上にファンタジーだという事です。
他人の正視には耐えないのがプライベートの本質ですから、エンタメには本来なりようがない。
まして、それで萌えるなんて、まず考えられません。
パックから牛乳をがぶ飲みしたり、下着丸出しで動き回ったりする程度では、本来はプライベートを描いたとはとても言えないのです。

その点から言えば、「プライベートを萌え風味に描く」っていうのは、昨今流行りの異世界モノなんて目じゃないほどのありえなさなんではないかと。
本作のそれは、いわば「人様に見せられる程度まで洗練された」もの。
プライベートで行われる様々な要素をフィルターにかけまくり、選別しまくった末の、上澄みも上澄みの部分だけを抜き出したものなのです。

ただ、それがわかっていても、「痛いお姉さんは好きですか?」が、なんか読んでいてドキドキするのは、歴然たる事実です。
ノリがほのぼのしているからあんまり感じませんが、結局人の私生活というのは、それを目にすること自体がタブー。
そのタブーを敢えて絵として描き起こしたような背徳感が、(作者や編集部が意図しているのかは別として)この作品の最大の魅力と言えます。

逆に、そうしたテーマにも関わらず、インモラルさが表に出ていないからこそ、本作は本作足り得ている面が強いでしょう。
そこが露骨にでてしまったら、作品としての味わいもキャラの魅力もぶっ壊れていただろうし。
本作は、いろんな意味で「深刻に受け止めては成立しない」バランスの上に成り立つ作品なのです。
もし確信犯でないのなら、この絶妙のバランス感覚は、称賛されるべきものなのではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました