ゲーム雑誌といえば、まず思い浮かぶ最大手が「ファミ通」でしょう。
このファミ通、今でこそ割と上品な総合誌という趣ですが、初代ファミコン時代はかなりはっちゃけていて、紙面構成もいい意味で無秩序でした。
そんな当時のファミ通でまずパッと思い浮かぶコンテンツといえば、桜玉吉氏の『しあわせのかたち』という読者は多いのではないでしょうか。
カラフルに彩色された絵柄も鮮やかな、ゲームパロディコミックです。
そんな『しあわせのかたち』ですが、ファミ通が週刊化したタイミングで芸風が大きく変わっています。
この時を境に、桜氏本人や編集者を直接登場させてのエッセイコミックとしての色が強くなってきたのです。
そして、時を同じくして登場してきたのが、作品内での、なかば内輪ウケともとれる悪ふざけです。
こうした内輪ノリは80年代のテレビやサブカルチャーなどでは定番でしたし、その系譜を受け継ぐものと言えます。
内輪とはいっても、当時のこの手のネタはそれぞれの固定ファンを対象としたものでしたから、彼らにとっては十分エンタメとして成立するものでした。
まして当時のゲーム誌などはその典型で、「固定読者が買う」ことで成立している雑誌がほとんどでしたから、読者に親しみと笑いを同時に与えられるという意味では鉄板だったのです。
そんな悪ふざけのひとつが、作品内作品「ラブラブROUTE21」です。
この「ラブラブROUTE21」とは何なのかというと、当時見開き2Pのカラー連載だった「しあわせのかたち」のスペースの一角を使ってしめやかかつ継続的に掲載されていたシリーズ作品です。
暗黒舞踏役者である田中庇とその彼女であるひさ子の4畳半貧乏ラブコメで、むろん「しあわせのかたち」本編とは一切関係なし。
内容はもちろんですが、そんな代物がコミックエッセーの一角を何の脈絡もなく占領している様子はそれ自体がシュールで、ハナからネタとして始まったものなのが丸わかりでした。
ところが、この存在自体がただのネタに過ぎなかったはずの「ラブラブROUTE21」、好評だったせいか徐々に掲載スペースを広げ、本編のスペースを侵食していきます。
とうとう最終的には、桜氏は編集者に伏せたままでわざわざ普段よりも1P余分にページ数を貰い、そのほぼすべてを「ラブラブROUTE21」で埋め尽くすという暴挙に至ります。
悪ふざけ、ここに極まれりなのですが、そこまでして載せたこの「ラブラブROUTE21」、ゲームに何の関係もない内容にも拘らず、なんとファミ通の記事ランキングでトップに入ってしまったのです。
さすがにここまで派手にやったせいか、これを期に「ラブラブROUTE21」は収束するのですが、読者の間では知る人ぞ知る伝説となっていたようで、のちに実写映画化。
ここまで作品内作品が発展したというのも、日本の漫画において例がない事例なのではないでしょうか。
何故そこまで「ラブラブROUTE21」がウケたのか。
存在自体がネタな作品内作品をガチでやるという発想そのものがコロンブスの卵だったのはもちろんでしょう。
ただ、この作品、単体でマンガとしてすごくよくできてるんです。
白塗りの暗黒舞踏役者である庇は、舞台のみならず私生活でも行動原理がシュールそのもの。理屈も常識も完全に超越してしまっています。
よく思考が読めないキャラというのはいますが、そもそもまったく別の思考回路で動いているんじゃないかとさえ思わせるレベルなのです。
ここまで完全にカッとんだキャラというのは、ギャグマンガの世界でもそうそういません。
なのでナンセンスものとしても一流なのですが、それだからこそ、相方であるひさ子とのラブコメとしての側面が光る。
もはやマトモなのかどうかすら怪しい庇の才能を信じ、四畳半で彼を支えるひさ子の姿は、けなげそのもの。桜氏の作画技術もあって無茶苦茶可愛いんです。
ぶっちゃけていけば「献身的なヒロイン」のいいとこどりのようなある意味ベタなキャラではあるのですが、そのベタさをここまで貫徹したキャラというのは実は萌え系作品でさえそうそういません。
どうやったっていかにもフィクションって感じになってしまいますから、一般的なラブコメではなかなか難しいでしょう。
ある意味では作品内作品だからこそできた思い切った設定と言えますが、ここまでやられるといっそ新鮮です。
絶対の信頼というのは男にとっては夢のまた夢ですが、ひさ子はまさにそれを具現化したキャラと言えます。
もちろん、あくまでもネタ作品だけに、描かれなかったことは多いですし、掲載量も「しあわせのかたち」全編からしたらわずかです。
ですが、それだけのスペースにも関わらず伝説を作り上げた力業は、あの時代の漫画史を振り返るうえで忘れてはならない偉業なのではないでしょうか。
特にバンドマンや演劇など、パートナーの支えが心のよりどころとなる活動をしている男性は必見。
特にひさ子の姿は、モロに心のど真ん中を打ち抜くはずです。