館モノの先駆け『そして誰もいなくなった』の余韻ある恐怖感

ホラーとサスペンス物は、目指すところこそ違えど、物語の基本となる流れそのものは兄弟かと思われるほどに似ている。
いずれのジャンルも、まず緊迫感を煽る舞台を用意しないと話が成り立たないという点で共通しているためだ。
煽るだけ煽ったうえで、どういう方向性で展開していくか。
二つのジャンルを分けているのは、実は作者の書き分けの結果なのだ。

この2つのジャンルに共通する定型的なストーリー展開の中でも最も基本的なものの一つが、「登場人物が次々に殺されていく」というパターンだ。
まごまごしていたらどんどん目の前の人間が死んでいくわけで、これほど具体的な危機的状況もそうそうないだろう。緊迫感を出すためのおぜん立てとしては完璧だ。
実際に、21世紀に入ってからも、この古典的な設定は、小説はもちろん、漫画・ゲームとメディアを問わず使われる、この手の物語づくりの常套手段のようなものになっている。

全滅モノの究極 アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』あらすじ

そんな伝統手法の始祖であるとともに、それをもっとも有効に生かしたと思われる、ある意味トドメとも言うべき作品がある。
アガサ・クリスティー作『そして誰もいなくなった』だ。

とある富豪の招待により、無人島に集められた、見ず知らずの男女10人。
けれど、彼らを招待したはずの富豪は姿を現さず、それどころか招待状自体もまったくのデタラメだったことが明らかになる。
不信感を抱きながらも、船が行ってしまった今、島からの脱出は不可能。
初日のディナーの席についた彼ら10人だったが、そこに予め録音されていた、彼ら10人の「罪」を告発する声が響き渡る。
そして、彼ら10人はなすすべもなく、次々に殺されていく。

古い、残酷な童謡の歌詞になぞらえるように―――

本作で提示される被害者10人の「罪」は、いわゆる「法にこそ触れない、けれど、意図したかどうかはさておき、結果的に他人の命を奪う行為」だ。
戦争中だったり、ただ意図しただけだったりとその形は様々だけれど、いずれにせよそれぞれの事件で死者がでているもの。
それを糾弾され、彼らは動揺を覚えながらも、あたかも導かれるかのように死に向かって突進していく。
この設定、欲張ろうと思えば、いくらでも別の展開もできただろう。
社会批評的なものにもできただろうし、ドラマチックな展開だってなんでもござれ。
もちろん、謎解きに重点を置くなら、非常にトリッキーな探偵ものにもできたはずだ。

本作のすごみは、それらすべての展開の可能性を放棄して、「ただわけもわからず殺されていくだけ」という点に絞ったことだ。

クリスティーのイメージと違う、純粋なパニックホラー

本作はクリスティーという作家のイメージや事件物ということもあって、一応探偵小説に分類されることが多い。
ただ、実際に読むと、探偵小説特有の謎解き要素などは、ハッキリ言って皆無に近い。
童謡殺人もの・クローズドサークルものなど、探偵小説の様々なパターンの始祖という点でも重要な作品である本作だけれど、その割には謎解きの面はハナから重視されていないのが見え見えなのだ。
いわゆる「解決編」に相当する章がいちおう最後に用意されてはいるのだけれど、犯人の正体と言い、トリックの実現可能性といい、読者に正解を出させるつもりがないのが丸わかり。
一応のオチとしては機能しているものの、まるでとってつけたかのような印象さえ覚える。

その代わり、前面に押し出されているのが、徹底したホラーとしての味わい。
不謹慎な言い方になるが、スピード感あふれる展開と、登場人物たちが徐々に判断能力を失っていく様子は、パニックホラーと言っても差し支えない。
その一方で、描写はあくまで重厚で、むしろ真正面から読者を「ぞっとさせよう」という意思に満ち満ちている。

特に、本作の特徴である「最後のひとりまでが死んでしまう」という展開に至るまでの一章は、過去の記憶がないまぜになった錯乱状態そのものの描写も相まって、ただ読者の恐怖感を煽ることに徹している。
だからこそ、死を目前にした彼らの不安定な心象風景のインパクトが絶大なものになりえるのだ。
娯楽小説というカテゴリに属す小説にしてはめずらしいほど、後を引く余韻がいつまでも残る。

サスペンスを捨ててホラーに徹した、作家としての潔さ

こうした味わいは、ヘンに欲張って色々盛り込んでいたら決して出なかっただろう。
ホラーに徹するという方向性があり、それとうまくかみ合う設定があったからこそ成り立った結果だ。潔さが生んだ結果と言える。

もちろん、クリスティーが執筆時、どういう判断でこういう、ホラー要素一辺倒の物語に仕上げたのかは、断言することはできない。
ただ、結果的に言えば、クリスティーの作家としてのジャッジの的確さを、これほど端的に示している作品はないだろう。

探偵小説として読むと下手すると激怒しかねない内容だけに、最初から「さあ、怖がるぞ」という心づもりで挑むことを勧める。
もともと読みやすい部類の作家であるクリスティーの中でも特に引きのつよい作品だけに、一旦ページを開いたら、時代性など忘れて引き込まれてしまうはずだ。

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