闇金ウシジマくん(真鍋昌平)レビュー 金融ものでは異色の「怖さ」の根源

『闇金ウシジマくん』といえば、
言うまでもなくアウトロー・ピカレスク系の作品としては
トップクラスの知名度を誇る作品です。

序盤・中盤では
超暴利の闇金融「カウカウファイナンス」の顧客たちの転落ドラマ、
終盤ではウシジマ自身と、彼を取り巻く裏の非合法勢力との
陰惨な争いと結末を描いた本作は、
酸鼻極まる内容にも関わらずヒット、
ついには、社会の世相を表すテキストとして
論文の中で言及されるまでの作品に成長しました。

アウトローを主題にした作品自体は昔から
一定の需要を持つ安定したジャンルですが、
逆に言えば購読者は限定されがち。
そんな中で、ここまで一般的に広く受け入れられた
アウトロー作品は後にも先にも稀でしょう。

 

『闇金ウシジマくん』に求められていたもの

意外と目立たない、派手なはずの終盤エピソード

ただ、『ウシジマくん』の人気を考える上で
特徴的だったのが、
終盤のエピソードに近づくにつれ、
つまり話のスケールが広がるにつれて、
話題性が落ちていく傾向にあったことです。

たとえば、終盤のヤクザたちとの抗争などは
話の派手さだけを見れば
間違いなく全エピソード中でも屈指ですし、
ひとりのアウトローの物語を完結させるうえでも
必要なエピソードではあるのですが、
人気があるかというとそうでもない。

また、本作の特徴である債務者たちの群像劇にしても、
終盤のそれは、話そのもののスケールの拡大に反して、
印象が妙に薄い。
その最たる例が、実際に起こった連続殺人事件をネタ元にした
「洗脳くん」でしょう。

雑誌掲載当時のアオリ文句からして、
「どこまで耐えられるか?」と威圧的なこのエピソードは
何かの肉をそぎ落としているような、
あからさまに不穏なシーンからはじまります。
一目見ていつも以上に引いた方も多かったのではないでしょうか。
実際、その後の話の展開も、序盤以上に残酷極まりないもので、
ショックの度合いで言えば、
漫画全体を見てもここまでのものはちょっとないでしょう。

そんなエピソードですから、
インパクトはいつも以上にありそうなものなのですが、
何故か序・中盤の、話の規模の小さいエピソードに比べても
不思議と後を引くものがないのです。

本作は当初から、極度の陰惨さで注目された作品ですから、
それらが極まった終盤のエピソードの注目度が低いというのは
一見すると不思議な現象です。

「しょぼさ」こそが求められた鬱作品としての特性

ですが、これは逆に言えば、
『ウシジマくん』という物語に求められていたものが、
話のスケールや単純な暴力性ではなかったということでもあります。
「陰惨」と一言で言っても、その種類には色々あるということです。

闇金物語としての陰惨さは勿論前提なのですが、
街を歩けば普通に出くわしそうな、
ありふれた人間たちの矮小性・ダメっぷり。
闇金の泥沼に沈み込んでいくまでの、
想像以上にみみっちい過程。

市井の住人たちの、あらゆる意味で「しょぼい」物語こそが、
本作が「読むだけで鬱になる」とまで言われた根源であり、
特徴だったといえるでしょう。

とはいえ、借金をテーマとした作品というのは、
程度の多寡こそあれ、ある程度は鬱要素を含むことが多いものです
(ハナから大衆エンタメに徹した『ナニワの帝王』などは数少ない例外)。

にも拘わらず、本作がここまで「鬱作品」として
突出した注目を浴びたのは、何故なのでしょうか。

借金モノとしても異質な「怖さ」

『ウシジマくん』と金融モノの元祖『ナニワ金融道』との関係性

本作は闇金をはじめとする
「借金」をテーマとした作品の枠内で考えてみても、
少々異質な性質を持ちます。

たとえば、この手のジャンルの草分けとなった
『ナニワ金融道』(青木雄二)を例に考えてみます。
この作品、会社がヤミ金ではないという大きな違いはあるものの、
その辺にいそうな債務者たちが転落していく様子という基本テーマについては
かなり『ウシジマくん』に近いと言えます。
その割に、読み味はかなり違う。

この違いにはいくつかポイントがあります。

第一に、『ナニワ金融道』は
サラ金業者という、金を扱うプロたちが債務者をハメるまでの過程に重点を置き、
そこに至るまでに業者が駆使する手順などもかなり詳細に描いています。
その土台があったうえで、債務者たちの転落が描かれるというのが基本。
このため、どちらかというと一種の職業ものという側面が強いのです。

第二に、登場する債務者たちにしても、
右往左往しているうちに見事に業者にはめられていくという点では
愚かといえば愚かなのですが、
だからといって絵に描いたようなダメ人間というわけではありません。
むしろ、金のトラブルさえなければ、
平和な日常を送れていただろう善良な人々が多く、共感も容易。
少なくとも、キャラそのものに嫌悪感を抱くことはまずないですし、
そもそも彼らを貶めた要因である金のトラブル、それ自体の方が
はるかに印象に残ります。

つまり、主軸はあくまでも
「金とそれをめぐるビジネス、そして社会の負の側面」
なのです。

このため、読後にゲンナリする点は同じなのですが、
印象としてはかなりビジネス系作品のそれに近い。
読み手としては思いのほか第三者的に、クールに読めるのです。

その点、『闇金ウシジマくん』はどうか。
実は、アプローチの方向性としては、ほぼ正反対なのです。

ある意味では現実離れしている、債務者たちの過剰

まず、『ウシジマくん』では、
取り立ての方法など、「金貸し業者」としての職業的な側面については
相当に軽視されています。

闇金ということもありますが、
強圧的に、強引に取り立ててしまうことがほとんどで、
社会の穴をつくような、細密な描写はほとんど見られません。

それ以前に、ウシジマ本人の出番が少ないことからもわかるように、
「借金」それ自体にそもそも重点が置かれていない。
話の中心となるのは、あくまでも債務者側なのです。

その債務者たちにしても、身近にいそうという点こそ
他の作品とそれほど差異はないのですが、
その割に、ある面では非常に極端なのです。
前述の通り矮小だったりみみっちかったりするのはいいとして、
徹底して不愉快さだけが強調されているためです。

一面的には共感できるポイントもなくはなかったりもするのですが、
いい加減さ・自分勝手さなど、
人間の性格の負の側面が極端に強調されているため、
数少ない共感ポイントさえ帳消しになってしまう。

つまり、「身近にいそう」とはいっても、
それはかなり誇張されたものなのです。
れっきとした犯罪者であるウシジマよりも、
むしろ債務者の方に引いてしまうほどに。

その結果として、債務者たちの異様なまでの見苦しさだけが印象に残る。
もちろん現実にいないというわけではありませんが、
みようによっては、ブラックな作風を優先するあまり
むしろリアリティを軽視しているようにさえ見えます。

それゆえ、作品の構図の上では、
大多数の読者にとっては、自分とは無関係の、
単なるブラックユーモアと受け取られてもおかしくない。

読者を安全圏から引きはがす、絶妙なさじ加減

ところが、それにもかかわらず、
本作は鬱になるのはもちろん、生理的な怖ささえ感じるのです。

それは、本作の債務者たちの極端さが、
誇張されてはいるとはいえ、
根本の部分では普通の人間が日常的に抱く願望や、
性質に根差しているものだからです。

・働かなくていいなら働きたくはない。
・もし楽して金が手に入るなら、その方がいい。
・苦労した以上はそれに見合った報酬はあってしかるべきだ…
・俺はこんなところで終わる人間じゃない
・どこかに、わたしが才能を発揮できる場所があるはずだ…etc。

実現性は別として、このようなことを
一度も考えたことのない人はいないでしょう。
程度の差はあれ、人間は

「金が欲しい」
「報われたい」
「評価されたい」
「でも、できるだけ苦労はしたくない」

といった思いから逃れられない。
それは、たとえ現実には不可能な
非常識な絵空事であろうと、
人間としての本能だからです。

違うのは、それを本気で信じ込んでしまうかどうかだけ。

本作の債務者たちの大多数は、
それを本当にやらかしてしまった、
一線を越えてしまった人々であり、
だからこそ極端に映ります。

ですが、言い方を変えれば、読者との違いは
「一線を越えているかどうか」だけ。
彼らは、悪意溢れる描き方ではあるものの、
読者の延長線上にある存在にすぎないのです。

それだけに、自分に「完全に無関係」と言い切れない怖さがある。
自分も、何らかのきっかけでその一線を越えてしまったとしたら、
この、見るからに情けない
「彼ら」と変わらなくなってしまう。
その事実は、ある意味では
闇金業者であるウシジマ自身の暴力性よりも、
闇金からの借金という致命的な事態よりも、
はるかに恐ろしい。

陰惨な描写だけでも十分後味の悪い『ウシジマくん』ですが、
この、一見関係なさそうな存在が
よくよく考えたらそこまで自分と大差がないという、
遠回りな構図があるからこそ、
本作は恐怖さえも感じさせる作品になりえているのだと思います。

この構図は匙加減としてはまさに絶妙と言えるでしょう。

『闇金ウシジマくん』の私的お勧めエピソードをご紹介

最後に、本作の醍醐味を感じる上で、
おすすめ(お勧めというのもはばかられますが…)のエピソードを
いくつか挙げておきます。

まず、1巻の全エピソード。
他の巻と違って読み切りで発表された短編ばかりですが、
本作の怖さが濃縮還元されており、えげつなさは突出しています。

のちのシリーズに見られるかすかな情緒もまったく排除された、
乾いた仕上がりですが、
ノワールものとしては作品全体でも屈指の仕上がりです。

次に「サラリーマンくん」(単行本10~12巻所載)。
シリーズの中では極めて例外的なエピソードで、
好感の持てる、本来の意味で身近な人物を中心に描かれる物語です。
それだけに共感性が高く、
初心者でも入り込みやすい内容と言えます。
例外的なエピソードをお勧めするというのもちょっと変なのですが、
お話としても、最後の締め方まで含めて非常に完成度が高いので、
外すわけにはいきません。

ただし、それゆえに、凄惨な内容が
他のエピソード以上に身近なものとしてイメージしやすい構造になっているため、
鬱になる度合いはむしろ激しくなっています。

当時、わたしの上司が本エピソードを一読するなり
本気で気持ち悪くなり、
「もう読めない…」とギブアップしたのですが、
このことから影響力がどの程度かご推察いただければと思います。

最後に、「楽園くん」(単行本16・17巻所載)。
読者モデル業界でカリスマを目指す一人の若者と
その仲間たちの転落と破滅を描いたエピソードで、
友情など、美しさを感じる要素が多く盛り込まれていますが、
それだけに余計に後味が悪い。
ある意味では、本作の底意地の悪さを
端的に表したエピソードとも言えます。

時系列を巧みにシャッフルすることで余韻を増す手法がとられており、
読後に後を引くという点では屈指。
取り返しのつかなさ加減、失われたものの大きさだけが、
いつまでも胸の中に残る仕上がりとなっています。

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