支配者の黄昏(奥瀬サキ)感想 桃太郎と鬼たちはどこへいくのか 

「人間ほどたくましくしたたかな生物はいない」

人間という生き物を考えるうえで、
この見方自体は、万人が認めるところでしょう。
ただ、肯定的にとるか、否定的にとるかで
見事に正反対の意味になってしまうというだけです。

肯定的にとるなら、人間の思考能力や進歩性を賛美する見方、
否定的にとるなら、ずる賢さや種としての破壊性などを強調することになるでしょう。

環境問題や科学倫理などの場面で語られることが多い話題ですが、
何しろ人間の存在意義そのものにも関わってくるだけに、
様々な側面から議論のつきない話でもあります。

もちろん、それは物語の世界でも同様で、
極端な二義性はドラマの世界の下敷きにするにはうってつけ。
SFからホラーまで、文明批評的な要素を持つ作品では、
手を変え品を変え、繰り返し使われてきたモチーフでもあります。

ディストピアな世界での陰惨な鬼退治 『支配者の黄昏』

桃太郎の世界観を近未来に持ち込んだオカルトSF

今回の話題である『支配者の黄昏』(奥瀬サキ※連載当時は奥瀬早紀名義)も、
こうした見方を世界観のベースにした作品ですが、
オカルト的な要素とディストピア的な要素を結びつける架け橋として
かなりスパイスの効いた使われ方がなされています。

新書館の少女誌『ウィングス』に連載された作品で、
単行本は全1巻(初版発行は91年)。
ジャンル的には近未来を舞台としたサイバーパンクSFですが、
日本古来のオカルト要素を巧みに組み合わせているのが特徴です。

奥瀬氏によるオカルトシリーズ、
『火炎魔人』シリーズを構成する一作ですが、
同シリーズの中で本作だけが時代設定が大きく隔たっており、
事実上独立したストーリーと考えてよいでしょう。

シリーズを通しての主題は「鬼退治」。
人間に対して悪事を働く
(文字通りのモンスターとしての)鬼たちを
主人公が狩っていくというもの。
言ってみれば『桃太郎』の世界観を
現代風にアレンジしたようなスタイルです。

この部分での違いと言えば、
話としてオカルトホラー要素が強められていること、
そして、鬼たちの悪事がオリジナルの『桃太郎』とは
比較にならないほど凶悪だということくらいでしょうか。

ただ、大幅なアレンジとはいえ
ある意味シンプルな勧善懲悪劇だった初代『火炎魔人』と違い、
続編である本作『支配者の黄昏』では、
鬼たちの立ち位置がかなり変わっているのがポイント。
確かに悪役ではあるのですが、
彼ら以上に人間のネガティブな面が強調された内容になっているのです。

『支配者の黄昏』基本設定と序盤のストーリー

ここで簡単に、本作の設定周りと序盤のストーリーをまとめて解説します。

舞台は2019年の新宿(初版発行時からすれば確かに近未来の話なのですが、時代の流れの速さを感じざるを得ません)。
治安が極度に悪化する中、
街ではカリバニズム殺人が多発していました。

犯人たちの関係性などは見つかっていませんでしたが、
唯一の共通点は、身体が普通の人間とは別の何かに変性していること。
ある日、人質もろごと射殺された犯人の一人のポケットから
素性も用途も不明の薬物が見つかり、
事件はさらにきな臭い様相を見せ始めます。

一方、主人公である魔人・紫擾津那美は、
長らく悪行を働く鬼たちを退治することを本業としていたものの、
いつからか鬼たちは彼の目の前から姿を消し、
見かけることさえもなくなってしまっていました。
彼らを探して西新宿の高層ビル街に流れ着いた彼は、
やむなくそこで事務所を開き、探偵業を営むことになったのです。

もっとも、魔人の彼の持つ力は、警察をして
「あんたが暴れたりしたらヤクザよりよっぽどタチが悪い」
と言い切られるほどのもの。
探偵業を営むにしては、あまりにも過剰なものでした。

実際に過去の事件で破壊の限りを尽くし、
すっかり恐れられる存在になった彼を指名する
酔狂な依頼者がそうそういるわけもなく、
事務所は開店休業状態でした。

そんな中で、一人の女性が津那美を訪ねてきます。
橘静香と名乗ったその女性は、
歌舞伎町で稼いだというなけなしのお金を差し出し、
「恋人である蔵座英次の殺害」を津那美に依頼します。
英次の肉体が、鬼のそれに変化して
彼女の身体を人工臓器への置き換えが必要なところまで
ずたずたに破壊したという事実とともに。

以上が物語の導入となりますが、
オカルト作品としてのファンタジックな面は持ちながらも、
見ての通り、相当に殺伐とした世界観です。

事件自体の展開もさることながら、
前述のとおり、警官は「無条件発砲許可」とのたまいつつ
顔色一つ変えずに人質ごと犯人を射殺してしまいますし、
登場する悪役たちにしても、完全に一線を踏み越えており、
作品全体を通して人間の負の側面が徹底して押し出されています。

なにより、モチーフとなる「鬼」にしても、
単純に鬼たちが悪さをするというわけではありません。
本作で事件を起こす「鬼」はあくまでも人間の変異した姿ですし、
その変異という現象にしても、
序盤からあからさまに人為的な裏を感じさせます。

つまり、オカルトを扱っていながら
本作の中心を占めるのはあくまでも「人間」なのです。

ディストピアの世界観を支える、鬼と人間の関係性

では、本来の意味での、モンスターとしての
鬼たちは、どこへ行ってしまったのでしょうか。
鬼たちは、この物語の中で、
どのような役回りを果たしているのでしょうか。

実はこの、彼らの存在とその意味こそが、
本作で扱われる事件の真相に直結するものであるとともに、
本作のディストピア的な世界観を支える、
設定の土台となっている要素なのです。

古来から続く伝統の中で、
モンスターである彼らがどういう形で人間と関わってきたのか。
そして、かつてはある意味でシンプルな敵対関係に過ぎなかった
彼らと人間の関係性が、どのように変わってしまったのか。

作品終盤、姿を現す一人の鬼が
津那美に対して語る内容は、
その関係性をひも解く答え合わせであるとともに、
人間がどこまでたくましく、
同時にどこまで恐ろしい存在であるかを
浮彫りにしてきます。

「戦慄の近未来SF」と銘打たれた本作ですが、
実際のところ、怖いというような要素はなく、
サイバーパンクとしてのスリリングさが強調された内容です。
ただこの、鬼の長台詞で語られる内容だけは、
いつまでもうすら寒い読後感として
読者の中に長く尾を引いて残るはずです。

ごった煮要素が調和した、いい意味でバランスのいいオカルトSF

最後に作品全体のテイストや仕上がりについて語っておきます。

繰り返しになりますが、オカルトというベースはありつつも、
土台は典型的な典型的なディストピアものです。
ただ、そこに、
陰惨な殺人事件ものとしてのサスペンス性、
静香と英次のいかにも土着的な悲恋物語、
裏で糸を引く組織の事情、
そして、美形主人公である津那美による
耽美的なアクションなど、
目を惹く要素がこれでもかと詰め込まれています。

これだけ欲張りに様々な要素を詰め込むと
普通は破綻してしまいそうなものですが、
これは不思議とそうなっていない。
サイバーとオカルトホラーを組み合わせた
ただでさえ奇怪な世界観に、
多種多様な要素が見事に溶け込んでいます。

また、著者である奥瀬氏は
絵柄が時代によってかなり変化してきた作家の一人ですが、
本作は少女漫画直系の流れるような画風が
青年誌的なエッジの効いたものに変化する過渡期だったせいか、
流麗さと鋭さが丁度よく共存しており、
主人公の華麗さとはかない物語に華を添えています。

奥瀬氏の作風自体、かなり読者を選ぶものではありますが、
本作はその点では同様なものの、
著者特有の叙情性と激しさがうまく融合し、
いい意味でまとまりのよい仕上がりになっています。

アクションと会話劇の切り替え、
オカルトとディストピアといった要素のバランスも偏り過ぎておらず、
殺伐とした世界観自体を受け付けないというのでなければ、
一読の価値はあります。
近未来性と怪異という日本特有の湿っぽさが溶け合った、
類を見ない世界観が楽しめるはずです。

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