ゲーム小説にはあるまじき破滅性 手塚一郎『ワードナの逆襲』

テレビゲームのノベライズというと、いかにもなヒーローものという印象が強いし、事実その手の作品が多勢を占めるのだけれど、時々大きくタイプの異なる異色作が出てくる。
今回紹介する『ワードナの逆襲』は、まさにその典型と言える作品だ。
なにしろ、本作はヒーローもののまさに真逆をいった怪奇小説なのだから。

Wizardryシリーズ屈指の異色作をノベライズ 手塚一郎『ワードナの逆襲』

本作は80年代末~90年代アタマにかけてのゲーム情報誌の中でも、特徴的なゲーム推しと小説や投稿などの周辺カルチャーを重視した特異な編集方針で知られた『ファミコン必勝本』発のもの。
当時同誌のメインライターの一人でもあった手塚一郎氏が、これまた当時の同誌が押していた(他誌ではほぼ無視されていた)RPGシリーズ『Wizardry』を題材に執筆した小説作品だ。

『Wizardry』シリーズはRPGの始祖のひとつで、中世的な世界を舞台とした典型的なファンタジー作品だけれど、その特徴としてストーリー性が極度に薄い。
その一方でプレーヤーそれぞれに作品世界を想像させることを重視しており、一種の箱庭作品という趣も強い。
そうした作品性だけに小説化そのものにはピッタリの題材なのだけれど、基本的には「人間が魔物を倒しながら悪役打倒を目指す」という勧善懲悪な路線になる傾向があった。

そんな中で本作が異色作となった理由のひとつが、ここで手塚氏が選んだのが本シリーズの中で屈指の問題作「シナリオ4:ワードナの逆襲」だったこと。
この作品、主人公は1作目でラスボスをつとめる悪の魔導士「ワードナ」で、彼が封じられていた地下で目覚め、魔物を召喚しながら再び覇権を狙って地上を目指す、という、善悪転倒の内容なのだ。

当然、小説の方もこの路線を踏襲しており、主軸はワードナ。この時点で、一般的なヒーローものにはなりようがないのだけれど、さらに手塚氏が加えたのが、本人も当時のインタビューで語っているように怪奇小説としてのテイストだった。
あくまでもワードナは強く、対抗することは不可能。
守る側がいくら正義を謳ったところで、実際にはただ虐殺されるのみ。
「勝てない相手にはどうやったって勝てない」は、本作では一貫している。
構図そのものは、むしろパニックホラーに近い。

甘ったるさ一切なし!身も蓋もないダークな世界観

本作の特徴はそれに加えて、「守る側」たちがそんなそんな損な立場に至るまでの切ない事情を絡めたこと。
結果、出来上がった本作は、「ワードナに次々に殺されていく迷宮内の人々(一部、ワードナに敵対する魔物含む)の、そこに至るまでの人生模様をひたすら描く」という、破滅までの群像劇といったものになっている。

一読してわかるのが、本作の世界観が徹底的に冷徹かつ現実的だということ。ファンタジー特有の空想的な題材ではあるけれど、そこに甘ったるさは一切ない。
それどころか、この作品世界の社会は、むしろ徹底的に冷たい。
弱者は徹底して痛めつけられ、強者は強者で策謀と保身に汲々とするその様子は、読んでいる側さえゲンナリするほど。
そんな世界が、作者がこだわった怪奇趣味ゆえの、妙に性的なイメージを喚起させる描写とともに描かれる。

舞台となる地下迷宮でワードナを止めようとする者たちは、いわば職業軍人たちだ。
給金、名誉。それぞれ理由はあるけれど、いずれにしても、どうしようもない人生を「ワードナの墓を守り、万が一のときには復活を阻止する」という高給の仕事でなんとか挽回しようとしているものたち。
ある意味現代にも通じるものがあるが、それだけに彼らはこの仕事に希望を託している。この仕事が、先に繋がるんじゃないかという希望。
その明るい未来が、次々に無残に塗りつぶされていくのが本作の基本構造だ。

ただ、そういう内容だけに、ワードナの非情さ以上に、人間社会の方の救いのなさの方がより際立っているのが特徴。
実際、「狩られる側」の視点を主体とした本作では、ワードナは脅威ではあるけれど、逆に言えばそれだけ。
むしろ、彼らの心の中は、自分をそこまで追いやった世の中への怒りや呪いで満たされている。
ある意味、本作の主役は、ワードナ本人でも、彼に殺されるものたちでもない。
腐臭を放つような、よどんだ人間世界そのものなのである。

ヒロイックさとは真逆の、大人向けダークファンタジー

ゲーム誌絡みで制作されたことが信じられないほど、ヒロイックファンタジーからは遠い本作。
当然後味は最悪。
せめてものゲーム小説な要素としてエンディングは三種類が用意されているけれど、いずれにしても綺麗な終わり方とは言い難い。

逆に言えば、ダークファンタジーとしては正統派。
特に、怪奇小説を謳っただけあって、ただひたすら殺戮が続くだけの作品では終わっていないのは注目すべき。
ホラー的な構図とともに、人間のウェットな感情性が両立されているので、余計に作中の救いの無さが際立っている。

ゲーム小説ということで読者層が限定されがちなのは否めないけれど、ここまで「絶望」に針を振り切ったファンタジー作品はそうない。まさに大人のための、苦み走った作品だ。
登場人物たちの、悲鳴のような情念がいつまでも残る。

タイトルとURLをコピーしました