愛情は本当に不滅か?怒り新党を凍らせた悪意の名作『間引き』

「間引き」というタイトルからして不吉なこの作品は、は2013年のTV番組「怒り新党」の「3大藤子Fらしからぬ作品」特集でトリを飾って有名になりました。
もっとも、元々藤子SFファンだった方々の中では、このセレクトは意外だったようです。
というのは、この作品、どちらかというと藤子FのSF作品の中では地味目な位置づけなんですよ。
エキセントリックさでいえば、もっと強烈な作品はありますから。

ただ、地味とは言っても、作品の質が低いというわけでは当然ありません。
むしろ、その地味さこそが強烈な味わいを残すのが、本作なのです。

人口増加の思わぬ副産物 『間引き』のあらすじ

舞台設定としては別のSF作品「定年退食」と同じく食糧難に陥った世界ですが、こちらは人口増加がキーとして扱われているのが違い。
そして、テーマ的にも大きな違いがあります。
まだ思いやりの残った世界で、それでも老人の切り捨てをせざるを得ない悲しさが描かれた「定年退職」と違って、こちらは「愛情そのものの喪失」がテーマになっているのです。

内容としては、コインロッカーの管理人である主人公のある一日を描いたものです。
最近とみに冷たくなった妻に不満を抱きながらも、彼は職場であるロッカーの管理人室に出勤しました。
空腹に悩まされながらも、いつもどおりの変わりない毎日。
そこに、新聞記者がやってきます。最近はやりのコインロッカーへの捨て子の現場を直接抑えようというのです。
管理人室に招き入れられた記者は、暇をつぶしながらも主人公に最近の世情に対する自説を語り始めます…

「衣食足りて礼節を知る」という言葉の裏の意味

構成的に記者の談話が大きなウェイトを占めており、彼の話で本作のテーマそのものはきわめてわかりやすく語りつくされています。
その要旨を一言で言うなら、「衣食足りて礼節を知る」。

人口が増えるというのは、ただめでたいだけで終わる話じゃない。
結局、モノが足りなくなればどうしようもない。
だから、自然界では個体数の調節が自然に行われるけれど、人間の場合、平和な世の中で調節機能がなくなってしまった。
ではどうなるか…
コインロッカーベイビーなどに、その結果は端的にあらわれている。
…他者への愛情の喪失と、それによる治安の悪化。
それによって人口が再び一定値以下になったとき、はじめて人間は再び思いやりを取り戻すのではないか。

…訊くだけでも滅入ってくる世界観。
ただ、本作は、当然ながら彼が喋るだけでは終わりません。
記者の談話を聞き終えた主人公を待つ、身もふたもない結末には、心を凍り付かせる絶対零度の恐ろしさがあります。

ディストピアアクションとは違う、静かな狂気

愛情の喪失した世界というのは、ディストピアSFではよく使われるおぜん立てですが、あくまで設定として使われることが多いです。
実際、その手の作品はそれを土台としたアクションに仕上がっていることが多く(もちろん、それらの作品をけなしているわけではありません。コンセプト自体の違いですから)、そこでは派手なドンパチが繰り広げられるわけです。
「北斗の拳」なんかは最たるものですよね(you are shock!)
それらに比べると、この「間引き」は地味そのものです。ほとんど会話劇に近いですから。

ですが、それだけに密度が違う。「愛情の喪失」それ自体のおぞましさに絞り込んだその構成は、ほとんどホラーです。
派手さとは正反対の、静かな狂気に満たされた世界です。

ひたひたと忍び寄ってくる不穏な雰囲気は「来てほしくない近未来」。
希望の欠片もない、まさに「ディストピア」という世界の恐ろしさを、短いページ数の中で骨身にしみて味あわせてくれる一作です。

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