庶民は正義を使いこなせない『ウルトラスーパーデラックスマン』

正義とは何か。
仮にこの問いを投げかけた時、スラスラと回答できる奴がもしいるとしたら、わたしはそいつを金輪際信用しないでしょう。
そんな単純に割り切れるようなものなら、この世の問題はもう少しカンタンに片付いているだろうし。
まして、特定の人間一人だけの視点で語る正義に、どれほど正当性があるかというと、怪しいものです。

勧善懲悪の作品というのも確かにあるけれど、あれはそういう世の中の複雑さがストレスだからこそ、憂さ晴らしとして機能してる部分が大きいと思います。
正義なんて、軽々しく語れるほど、単純なものじゃない。
だいたい、日々の仕事だけを取っても、これまでうしろぐらいことを「全く」しなかった人間がどれくらいいるか。
完全な悪とまでは言えなくても、人には言えないような真似に加担せざるを得なかった人がほとんどでしょう。
仮に、悪とみなせるものをなーんも考えずに片っ端から成敗していったら、多分この世は成り立たないはずです。
もちろんどこまでを許容するかという問題はあるにせよ、清濁併せのむのが世の中である以上、ただひたすら「正しい」というだけの存在はむしろそれ自体が害毒になりかねないのです。

一般市民による正義の行く末 ウルトラ・スーパー・デラックスマンのあらすじ

わたしの知る限り、それを最も露悪的に表現した作品が、藤子・F氏の「ウルトラスーパーデラックスマン」です。
この作品、一言で説明すると、藤子さんの作品(A氏も含む)ではおなじみのラーメン大好き小池さん(本作での名前は「旬楽」。いうまでもなく、クラーク・ケントのもじり)が不死身の超人能力に目覚め、悪を成敗しまくった、その結果を描いたものです。

旬楽はもともと小市民を絵にかいたようなサラリーマンで、道端での理不尽な行為にも何もできずに通り過ぎてしまう…つまり、大多数の人間がそうする(せざるを得ない)力なき一般市民でした。
正義感だけは人一倍だったものの、実際には何ができるわけもない彼は、新聞への投書が唯一の憂さ晴らしだったのです。
そんな彼が、ある日突然超人的な怪力や飛行能力に目覚めます。
喜び勇んだ彼は「ウルトラスーパーデラックスマン」を名乗り、日本版スーパーマンとして自分なりの正義を遂行するようになりました。

ここまでは、一般人がヒーローになる、という物語の典型ともいえる設定ですが…違うのはここからです。

正義と社会は両立するとは限らない

では何が違うかというと、ヒーローにとっての正義というものがいかに自分本位なものかという視点がハッキリと示されていること。いくら対象が悪であるとはいえ、彼の行動は社会の秩序維持という意味では真逆のものだったのです。

そもそも、虫の居所次第で相手をその場で(文字通り)木っ端みじんにしてしまうわけですから、ルールも何もあったものではありません。
彼の気分と価値基準だけで行われる「正義」は、曲がりなりにも法で統治される社会にとっては脅威でしかありませんでした。

当然警察は動きますが、その警察も全員キル。やりたい放題です。
こうなると、彼の存在はそれ自体がただの恐怖でしかありません。何とか彼を抑えるべく軍まで出動、果ては小型の核まで打ち込まれますが、不死身の彼はそれでもびくともしません。
とうとう、社会はスーパーマンとしての彼の存在を黙殺することにしました。彼の犠牲者をうまないために報道管制が敷かれ、会社は彼にポストを用意して迎え入れます。
そして、一サラリーマンとして彼は変わらず会社で暮らすようになったのですが、彼の所業は言わないだけで誰もが知っています。
しかも、もともと小市民だった彼が力に酔いきったわけで、その正義感は歪み果てていました。こうなると、ただの暴君です。

そんな彼に、トイレからの出会いがしらに出くわしてしまい、自宅に招かれるハメになった同僚・片山の恐怖の一夜が描かれます。

「正義の力」はフィクションの中でしかありえない

藤子SFの中でもトップクラスの過激さを持つ本作ですが、作品全体の発想やオチは意外なほどにシンプルな作り。
そのせいか、最近では他の皮肉の効いた作品の影に隠れがちな印象を受けます。
とはいえ、ストレートな分、正義を声高に語り、実行することのうさんくささをこれでもかと見せつけてくれます。

仮に正義を実行するだけの力を与えられたとして、それを使いこなせる人間がいるのか。それは、超人的な、フィクションの中にしか登場しえない人物にだけ与えられた能力であって、現実に生きる庶民が持ち得るものではないのではないか。
一読後、そうした疑問がいつまでも心に残ることでしょう。
ある意味、「正義」「正しい」といった単語がそこらじゅうでうんざりするほど語られるようになった今の時代には、本作の存在は他の作品以上の劇薬と言えるかもしれません。

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