「コブラ」の記事でもお話したように、80年代のジャンプには、少年向けの枠からいささか外れた、大人向けのヒット作もそれなりの数存在していました。
中にはマイナーなまま終わった作品もありますが、その当時のジャンプという雑誌が非常に受け口の広い環境にあったのは確かでしょう。
そんな作品の一つが「CITY HUNTER」(北条司)です。ジャンプでの連載開始は1985年。バブル期がはじまろうとしていた時期です。
21世紀に入ってから、2010年までパラレルワールドとしての後継作「Angel Heart」がコミックバンチで連載されていたため、世代によってはそちらの印象の方が強いかもしれません。
この作品、前述の「コブラ」と同じくハードボイルド色が強い上に、セクシーな女性キャラの造形などの共通点も多く、並べて語られることも少なくありません。
ただ、こちらはある意味ではコブラ以上に、少年誌らしからぬ内容です。
そして、少年誌というカテゴリにおける、作劇の「微調整」の重要性を知らしめてくれる作品でもあります。
ゴリゴリのハードボイルドだった初期『City Hunter』
内容は、新宿歌舞伎町でひそかにスナイパーを営む主人公・冴羽遼によるハードボイルドアクション。
つまり、主人公がかのゴルゴ13と同業なわけで、れっきとした裏稼業ものです。
コブラの場合、SF要素はもちろんファンタジー色が強いこともあって「夢のある冒険」という少年誌的な要素を多分に含んでいたのですが、こちらは現実性が強いこともあり、より生々しくなっています。
善悪を一切問わないゴルゴと違ってすっきりとした勧善懲悪という違いはあるものの、設定だけ見れば講談社ノベルズかトクマノベルズか、その辺で出された方がしっくりきそうな代物です。
その上、北条氏の画風は繊細な一方でコミカルさが薄いリアル指向ですから、見た目からしてまさにアダルト一色。
ジャンプの主要読者層にはどう見ても受けそうな作品ではありませんでした。
特に、それが露骨に出たのが最初期の数話。
展開自体がクライムアクション的なえげつなさがかなり色濃いものだったせいか、実際ジャンプ恒例の人気投票では低迷していたそうです。
大人向けであること自体はNGじゃない
その結果として、テコ入れが行われました。
主人公の遼には女好きという設定を活かした下ネタギャグが盛り込まれ、また、全体のストーリー運びも軽妙さがよりまして行きます。
部外者としては想像でしかありませんが、もしかしたら前例であるコブラを参考にした路線変更だったのかもしれません。
なんにせよ、その結果としてクライムノベルズ的なダークさは薄れ、それに反比例するように「CITY HUNTER」の人気は持ち直していきます。
どちらかというと中堅作品として雑誌を下支えする立ち位置ではあったようですが、それでも最終的には6年間にわたって連載される人気作品になったわけで、大化けも大化けといってよい事例でしょう。
ただ、本作が特徴的なのは、印象こそ変わっても、大枠の部分には目立った路線変更がないのです。
もちろん終盤になるにつれジャンプお得意の派手な展開が増えたりはしたものの、せいぜいその程度。
シナリオそれ自体は最後まで、アダルト路線を貫き通したわけです。
これを逆に見ると、受けのわるかった初期にしても、おそらくアダルト路線それ自体が読者に忌避されたわけではなかったのだろうと推測できます。
だいたい、少年読者には大人っぽいものへの憧れというものがあります。
ですから、こういう大人っぽさ、それ自体は決して少年誌でもNGではないということでしょう。
City Hunterをヒット作たらしめた、冴羽遼という存在のチューニング
では、初期の不評は何が悪かったのか。
思うに、それは遼という主人公像がわかりづらかったこと、それゆえのエンターテイメント性の低下だったのではないでしょうか。
雑誌において一定以上に広範な指示を得ようとした場合、エンタメ性の高さは必須です。
そして、これは少年誌特有ですが、そのエンタメ性を作り出す上で一番重要なのが、主人公のキャラ付けです。
実際には定型通りで受けるとは限りませんが、少なくとも読者がのめり込めるキャラであること、そしてそういうキャラ像をはっきり打ち出す必要はあります。
この点で、いわゆるハードボイルド路線の主人公というのは、この点では少年誌向きじゃないんですよね。
だいたいの場合、「何考えてるかわからない」になりがちだし。
青年誌や専門誌ならむしろそれで味が出たりもするんですけど、少年誌だと単に「面白くない」になりかねないわけです。
逆に言えば、そこをピンポイントでチューニングしたことが、CITY HUNTERが成功した最大要因ではないでしょうか。
そして、そうなったからこそ、本作は最後まで大筋のテイストはそのままに続行できたのだと思います。
音楽など、いわゆる「芸」の世界ではよく言われることですが、「売れようと思ったら、ユーザーに合わせたアレンジは必須」なのです。少年誌という、ある意味非常に扱いの難しいカテゴリでのCITY HUNTERの思考錯誤は、そのことを知らしめているのではないでしょうか。