圧倒的な負の群像劇『ミスミソウ』はホラーとしてはどうなのか

作品のジャンル分けなんて不毛な行為だけれど、それでもこれはなんか違うと感じたことのある人は多いと思う。
例えば、ホラーというジャンルなら、やっぱり恐怖感をある程度は煽ってくれる内容でないと、あまり「ホラー」という感じはしないだろう。
いくら表現がヤバかろうが雰囲気が暗かろうが、である。

復讐ものの本質は恐怖ではない

この点において、ホラー性の薄いカテゴリの一つが復讐ものだろう。
この手の作品というのは、本質的には大衆のウサ晴らしという側面がどうやったって強い。
現実では大手を振ってのさばるあくどい連中が、理屈抜きに一掃される結末に対する、暗い爽快感。
ポジティブなものとはとても言えないけれど、それは勧善懲悪というクラシックな展開をなぞったものであり、あくまでもエンタメ性の強いものなのだ。

もちろん、そうした作品は往々にして陰惨ではある。
特に、作中で描かれる被害者の姿が自分に近ければ近いほど感情移入や切迫感は強くなるという特性はある。
けれど、その場合でも、不快感こそあっても、いわゆる恐怖感というのはほとんど感じないんじゃないだろうか。
むしろ、「恨みを晴らす」こと―――つまり予定調和のカタルシスが待ち構えていることがほぼ確定的なだけに、恐怖なんて入る余地もない。

そういう意味で、これはキャッチフレーズ違うんじゃないかなあ、と思う作品の一つが、『ミスミソウ』だ。
キャッチフレーズに謳われたジャンル名は、「精神破壊(メンチサイド)ホラー」。

キャッチフレーズに違和感…押切蓮介『ミスミソウ』

本作はプロットとしては、いじめに対する復讐物だ。
もっとも、本作のいじめは行き着くところまで行っていて、最終的には家に火をつけられ、家族ごと焼き殺されてしまう。
いじめられっ子本人は運よく巻き込まれなかったものの、親を失った彼女に対し、それでもなおいじめは続く。しかもより陰惨な形で。
けれど、かれらが家族に手を掛けた張本人だと知った瞬間、主人公は豹変する。その手には、鋭い釘が握られていた…

と、一言で言えばこういう内容の『ミスミソウ』は、前半はひたすら陰惨ないじめ、後半はそれに対する虐殺の風景とその結末が描かれる。

この作品、確かによくできている。
いじめを題材とした作品としては、田舎ならではの集団性・陰湿性もよく出ているし、いじめる側・いじめられる側の心理描写についても、誇張は感じられるもののごくごく自然だ。
作中まっとうな結末を迎える登場人物がほぼ皆無という悲惨な幕切れも、そうなるだけの土台作りがしっかりしているだけに、決してやりすぎという感覚は覚えない。
これだけ精神的にやられてたら、そらそうなるわなあ…という。
つまり、キャッチコピーの中でも前半の「精神破壊」の部分については、これほど的確なコピーもない。

ただ、逆に後半の「ホラー」というのは、ほとんど表現形式によるものでしかない。

あまりの陰湿さだけど…スプラッター手法を借りたエンタメ作品

この作品、特徴として、主人公の復讐が直接の暴力によるもので、流血表現をともなうスプラッターに近いもの。
凄まじい形相でひとり、また一人とかつてのいじめっ子たちを手にかけていくその姿は、確かに実際に自分がやられる立場だとしたら恐ろしいものだろう。
が、読者の側からすると、恐怖感は皆無。それどころか、むしろカタルシスしかないのだ。

なにしろ、それまでのいじめ(と、それさえも遥かに超える明らかな殺人行為)があまりに陰湿すぎる。
確かに、本作ではいじめっこたちには、それなりの背景は用意されている。
けれど、それを考慮しても胸糞悪すぎる上、良心を感じさせるキャラはほぼ皆無。強いて言えば、保身を考えるという程度だ。
それがあまりに悪役そのものなために、結果的に主人公の凶行も勧善懲悪という印象にしかならないのだ。
特に、リアルでいじめられた経験のある読者の場合、血まみれで同級生を手に賭けていく彼女の姿は現実にはできないことを実現してくれる凛としたヒロインにほかならない。みようによっては颯爽としてるようにさえ映ってしまうだろう。

この構図は、いじめものの漫画の草分けでもある「魔太郎が来る!」(藤子不二雄A)でも見られた現象だ。
あれも相当陰惨ないじめ描写とその復讐を描いたものだけれど、結局最終的に、魔太郎はヒーロー的な立ち位置になってしまうし、恐怖感なんて微塵もない。せいぜい雰囲気が不気味な程度だ。
程度の差こそあるものの、本作はその性質そのものはきっちりと受け継いでいる。
スプラッターという手法こそ使っているものの、「憂さ晴らしエンタメ」という根本的な部分では本作はホラーでもなんでもないのだ。

評価が分かれた理由はキャッチフレーズに尽きるかも

これだけ陰鬱な内容で映画化まで達成した本作は、商業的な意味では大成功と言っていい。
ただ、読者の評判という意味ではどうかというと、概ね好評ではあるものの、受け付けない人にはまるで受け付けられていない感がある。
そもそも読み手が限られるジャンルであることを大々的に謳っている以上、そっち系好みのユーザーの間でもかなり評価が分かれる結果になっていると言っていいだろう。

思うに、この大きな原因は実はキャッチフレーズなんじゃないかと思う。
つまり、「ホラー」性に期待して買ってしまったという例がそれなりに大きな割合を占めてしまっているんじゃないかと思うのだ。
恐怖感に期待してしまうと、そりゃ裏切られた気分にもなるだろう。

最初から「グロテスクな心理と、その行き着く果ての血みどろの復讐劇」という部分のみに期待して買うなら、文句なしの名作。
怖ささえ求めないなら、破滅前提・バッドエンド前提のマイナス方向に振り切った群像劇として充分余韻を感じられるはずだ。

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