樋口一葉の小説『十三夜』をご存知でしょうか。夫にひどい扱いをされた妻が実家に一度は戻るものの、結局は説き伏せられて夫の元に戻っていく…という、当時の女性が感じていた閉塞感をこの上なく描き切った作品です。作品自体の価値はもちろん高いのですが、筆者はこの作品のイメージもあって、十三夜にどこか暗いイメージを持っていました。
とはいえ、この小説の中でも十三夜自体はあくまで一つのモチーフに過ぎませんし、万葉集や上杉謙信による漢詩などを見れば十三夜自体はむしろその美しさを絶賛されています。十三夜自体は、日本の風物詩としては無視できない存在感を持っているわけです。
本記事では、そんな十三夜とは何か、どのように過ごすのかなどを詳しく解説していきます。
十三夜とは 日取りとその意味
十三夜とは、そのままの意味としては旧暦で毎月13~14日にかけての夜を指します。ただ、年中行事としてはその中でも旧暦9月13~14日に出る月、その夜に行う月見のことを指すのが一般的です。
月の見え方としては満月には少し足りないくらいの、少し歪んだ形になります。もっとも、その微妙な形が逆に風流さを増している面もあるので、人によっては単なる満月以上にシミジミする方もいるでしょう。
十三夜はいつ?2020年以降の日付を紹介
旧暦9月13日と言いましたが、では現代の暦ではいつになるのでしょうか。
旧暦はもともと月の満ち欠けをベースにした暦なので「9月13日」とハッキリ言えるのですが、これを現代の暦に当てはめると十三夜の日取りは毎年ずれていってしまいます。
まず日取りがわからないとどうしようもないので、最初に2020年以降の十三夜の日取りをご紹介しておきます。
2020年 | 10月29日 |
2021年 | 10月18日 |
2022年 | 10月8日 |
2023年 | 10月27日 |
2024年 | 10月15日 |
2025年 | 11月2日 |
2026年 | 10月23日 |
2027年 | 10月12日 |
2028年 | 10月30日 |
2029年 | 10月20日 |
2030年 | 10月9日 |
見ての通り、日取りの変動はかなり激しく、2025年に至っては11月にめり込んでいます。
栗名月・豆名月・小麦の名月…別名に見る十三夜の意味合い
十三夜の意味を一言で言ってしまえば、収穫祭の一つということになります。神にその年の豊作を感謝する日、というわけです。
十三夜の別名は栗名月(くりめいげつ)・豆名月(まめめいげつ)といったものですが、これは時期的に豆や栗が収穫できる時期であり、これらの作物をお供えするが多いことに由来します。
また、小麦を栽培しているエリアから生まれた呼び名と思われますが、「小麦の名月」ともいわれることがあります。麦は種まきが秋の作物で、十三夜のあたりはちょうど翌年に向けての仕込みに当たる時期のため、十三夜に収穫を祈願していたためとされます。
もっとも、後述しますが、実は十三夜の起源や意味については明確な資料もない状態で、これらの意味も後付けで付加されていった可能性もあります。その点から言えば、意味にこだわりすぎても仕方がないと割り切るくらいでちょうどいいかもしれません。
十三夜に曇りなし!名言が示す十三夜の特性
十三夜の特性として、天気がいいことが多く、くっきり見えやすいということが上げられます。
これは時期的なもので、既に台風の時期も過ぎ去って秋晴れの日が続くことが多いためです。もちろん確率の問題ではあるのですが、天気に左右されづらいというのは行事として大きなメリットと言えるでしょう。
「後の月」「片見月」とは?十三夜と十五夜の由来・関連性
十三夜には、他にもいくつか別名がありますが、代表的なのが「後の月」。よく知られた十五夜の後に来るお月見の日、という意味です。
このことからもわかるように、古くから十五夜とはセットでみられることの多い行事なのです。十五夜とあわせて「二夜の月」という呼び方もあるほどで、お互いに深く結びついていると言っていいでしょう。
十五夜と十三夜の由来の違い
セットで見られると書きましたが、十五夜と十三夜にはその由来に大きな違いがあります。
まず、十五夜は中国起源。それが平安時代に日本に伝来し、貴族の間で定着しました。庶民にまで普及したのは江戸時代になってからのこととされます。
では、十三夜はどうかというと、日本で生まれたとされる説が有力です。もちろん、日本独自とは言っても先述の通り万葉集でも語られているくらいですので、十五夜と同様、平安時代には定着していたということになりますが、厳密な経緯についてはよくわかっていません。
可能性としては、「躬恒集」では醍醐天皇が月見をしたことが記述されていますので、これが始まりではないかという説があります。その一方で、収穫祭を起源とした自然発展的なものとも言われています。また、その意味合いなどについても、明確な資料は発見されていません。
いずれにしても、最初からはっきりとした裏付けがあった行事とは考えづらく、ある意味でのユルさを感じさせます。学問的に追及してしまうと難しい問題なのでしょうが、実際のノリは案外「今夜は月がきれいだなあ」「じゃあ、来年もやろうぜ。別に十五夜だけってこともないだろ」くらいのものだったのかもしれません。
片見月とは?縁起に関わる意外なジンクス
もっとも、由来がどうだったかは別として、十三夜は十五夜と古くからセットで見られることが多かったようで、独特のジンクスが付加されています。
それを表すのが「片見月」という言葉。これは十五夜と十三夜のどちらか片方だけを見る、という意味なのですが、縁起が悪いとされ、両方を見るのが良いとされています。
とはいえ、今の日本ではそもそも十五夜だけしか知らなかった方も多いでしょうし、この辺りは現代人にとっては少し違和感を覚える言い伝えかもしれません。
なお、これは地域によりますが、十五夜・十三夜に加えて「十日夜(とおかんや・旧暦10月10日)」にも月見をすると縁起がいいとされることもあります。3日とも月見をすることを「三月見」と言います。
十三夜と十五夜の違い 「芋名月」とは
では、十三夜と十五夜にはどのような違いがあるのでしょうか。行事としてはいずれも「名月鑑賞」に他ならないのですが、敢えて言えばお供えものの違いということになります。
十五夜には「芋名月」という別名があります。これは、十五夜の時期がちょうど芋の収穫期だったことに由来するもので、お供え物にも里芋やサツマイモなど、芋類を並べることが多かったためです。
その他で言えば、お団子の数などにも少し違いがあります。
ただ、いずれにせよお供えもの以外の風習的な違いは見受けられません。そもそも地域的な差異も大きいため、そこまで難しく考えるほどの違いはないと考えてよいでしょう。
十三夜のお供えものは?風習や過ごし方を紹介
ここまで述べてきたように、十三夜については後付けなのではないかと思われる部分がかなりあり、筆者としてはあまり風習に拘っても仕方ないのではないかというのが本音です。
とはいえ、縁起などが気になる方、どうせやるならきっちりした形でやりたいという方も多いでしょう。そこでここからは、上で述べた十三夜にまつわる風習を詳しく説明していきます。
十三夜の月見団子の数と並べ方
まず、お供え物としての月見団子の数ですが、十五夜が15個なのに対し、十三夜は13個とするのが一般的です。並べ方は、最初に9つを正方形に並べ(縦3つ×横3つ)、その上に残り4つを同じく正方形(縦2つ×横2つ)に並べるとされます。
器については厳密に言えば三方がベストですが、普通のお皿などでも問題ありません。これに白い紙を敷き、団子を乗せてから月の見える窓の側や床の間などに置けばOKです。
なお、団子の形については、少しだけ潰した形がベストとされます。これは、完全な丸い形だと物故者に供える枕団子に通じてしまうためです。
月見と言えばススキ!本数などに決まりはある?
もうひとつ、お月見といえば欠かせないのがススキでしょう。実は魔除けとしての意味合いもあるのですが、その辺は抜きにしても、グッとムードがでるのでできれば一緒にお供えしたいものです。
そうなるとススキにも飾り付けの作法があるのかと思われるでしょうが、団子と違ってこちらには明確な決まりはないとされる傾向が強く、本数も各家庭でまちまち。固く考えずに用意しやすい範囲でセッティングするくらいの気持ちでいいでしょう。
十三夜では栗や豆などもお供えしよう
十三夜の場合は、月見団子の他にも別名にあやかって栗や豆類をお供えするとよいでしょう。
豆類については、大豆や枝豆などがよく使われます。栗については、殻のついた素のままの状態が見た目的には風流でしょうが、実際には栗きんとんなど、下げたあとにすぐ食べられるお菓子などで代用する家庭も多いようです。
そのほか、秋の作物ということで、この時期に獲れる果物などがお供え物として使われることも少なくありません。果物好きなら、試してみてもいいでしょう。
夕飯はどうする?十三夜の行事食について
さて、お供え物については以上のような感じですが、問題は夕飯をどうするかです。一人暮らしならまだしも、家族で食べるとなると、よほど小食でないかぎりお供えものだけでは足りないはずです。
では、十三夜に決まった行事食のようなものは存在するのでしょうか。結論から言うと、はっきり決まった行事食はありません。
ただ、前述の栗や豆関係がふさわしいとされることが多いので、敢えてこだわるのであれば栗ご飯や豆ご飯などを作れば、雰囲気も盛り上がるでしょう。
また、月見ということに引っ掛けて、その見た目からよく使われる食材が卵。目玉焼きを添えたり、ハンバーグとあわせて最近はやりの月見バーグを作ってみると喜ばれるかもしれません。
また、卵を落とした月見そばなどを食べる方も多いようです。こちらは夕飯としては軽めになってしまいますが、手軽さだけで言えば一番でしょう。
十三夜絡みのイベントはどんなものがある?
家庭でのお月見以外に、十三夜にはイベントに出かけるという選択肢もあります。十五夜ほどではないとはいえ、十三夜絡みの観月会なども行われていますから、普段とは違った過ごし方の一つとして検討してみてもいいかもしれません。
2020年の場合は、東京であれば六本木ヒルズ展望台の「十三夜を愛でる会」や深大寺(調布市)の「十三夜観月会」(20年は人数制限あり)、関西だとビバシティ彦根の「十三夜の名月を見る会」などが開催。
また、九州では佐賀国際空港の展望デッキで行われる「有明海の十三夜」があります。こちらは有明海や佐賀平野を背景に十三夜の月を楽しめるイベントです。事前予約が必要なイベントですが、観月という点ではもちろん、ミニコンサートなども行われるなどかなり盛りだくさんな内容。また違った角度から十三夜を楽しめるかもしれません。
風流に浸る貴重な機会を逃さずに十三夜の月を楽しもう
ここまでいろいろな角度から説明してきましたが、途中でも触れたように、筆者自身は十三夜については風習にこだわり過ぎなくてもいいんじゃないかという立場です。
おそらく、最初の頃はそんな難しいことは考えず、単に「ああ、月がきれいだなあ」くらいに思っていたのではないかと。むしろ、先人たちに倣って、純粋に月の美しさに触れ、日々の豊かさに感謝をささげることさえ忘れなければ、それでいいのではないかと思います。
なにより、せわしない今の日本において、純粋に風流に浸れる機会なんて、そんなにないのですから。せっかくの機会を逃さず、じっくりと、少し歪んだ形の月の雰囲気に身を任せてみて下さい。きっと貴重な時間になるのではないでしょうか。