ゲームにおいて、BGMの果たす役割がいかに大きいかは
今さら語るまでもないでしょう。
もちろん、ゲームというメディアはシステム・シナリオ・
グラフィックなどが相乗効果を発揮することで成立する
一種の総合エンタメという面が強いため、
BGMはその構成要素の一つでしかありません。
ただ、一要素というには影響が非常に強いのも事実で、
BGMひとつが作品の個性を決めてしまうという
ことは少なくありません。
極端な話、どんなにゲームシステムがショボい作品でも、
BGMがよいというだけで記憶に残るゲーム程度には
なってしまったりすることもあるのですから
(ゲームとしては本末転倒ですが)。
音楽の特異さは今だに語り草 『勇士の紋章-ディープダンジョンⅡ』
定番ばかりが「思い出のゲーム音楽」ではない
さて、ゲーム音楽について作品単位で話題になる場合というのは、
広く知られた名曲ぞろいだとか、
FCなど昔のハードであれば、機能の限界を超えるほどに音がいいなどのケースが大半です。
このため、取り上げられる作品も、ある程度お決まりのラインアップになるのが定番です。
ですが、だからといってそれ以外の作品のBGMに
語るべきところがないかというと、
当然そんなことはありません。
むしろ、有名作品とは全く違った方向で、
凄まじい個性を出している作品も存在します。
ここで紹介する『勇士の紋章-ディープダンジョンⅡ』も、
広く話題になることこそ少ないものの、
プレイ経験者の間では音楽が印象に残った作品として
今でも語り草になる作品です。
『勇士の紋章-ディープダンジョンⅡ』システムと概要
『勇士の紋章-ディープダンジョンⅡ』は、
FCのディスクシステム用に開発された3Dダンジョン形式のRPG。
発売は1987年と、そろそろファミコンが
円熟期に入りつつあったころの作品です。
もっとも、87年当時、
ファミコンRPGはようやくドラクエが2作目、
FFなら1作目がようやく出たという段階。
RPGというだけでもかなり物珍しかった時代です。
もちろん、本作と同じ3D形式の『Wizardry』などは
まだ移植されていませんでした。
逆に言えば、
ウィザードリイ形式のRPGをファミコンでできるというだけでも、
注目を集めた作品だったのです。
では、システムの方はどうだったかというと、
確かにウィザードリィとダンジョンの表示形式などは同じなものの、
・パーティ形式ではなく主人公一人での冒険
・敵も一度に一体しか出てこない
・ウィザードリイの特徴であるキャラメイクは当然なし
・同じく、アイテム集め要素も特になし
・レベル上限は20
など、ウィザードリイのスケールを大幅に縮小したような内容。
また、戦闘も本家のように練られたものではなく、
ただ敵味方ともにただただタコ殴りにするだけという印象です。
レベルアップ時にパラメータ上昇を
自分の任意で行えるという点は特徴的でしたが、
「運」と「速さ」だけひたすら上げ続ければ、
最終的にはボスクラスの敵の攻撃さえろくに当たらなくなるなど、
バランス調整も極端。
それでいて、シナリオ要素が極端に薄いという点だけは
本家を踏襲していたため、
物語を楽しむという要素も皆無です。
つまり、総合してみると、いくら当時の水準とは言え、
お世辞にも名作とは言い難いクオリティでした。
実際に、パソコン版のウィザードリィのクオリティを期待して
がっかりしたユーザーは少なくなかったと聞きます。
あまりに個性的…BGMの強烈なインパクトの理由
全体の仕上がりがそんな状態ですので、
ゲーム自体はそんなに息は長くありませんでした。
迷路ゲームと割り切れば悪くはありませんが、
それだけでは長期間語り継がれるようなものにはなりえません。
なにより、ゲームとしては薄味すぎて、
そもそも語ろうにも語れるだけの内容がなかったのです。
ただ、そんな中で本作における数少ない話題が、BGMでした。
とはいっても、いわゆる「名曲」などといった評価ではありません。
確かに曲そのものの出来も決して悪くないのですが、
どちらかというと話題になったのは、その個性的な曲調でした。
筆舌に尽くしがたいほど「暗い」のです。
圧倒的な「暗さ」の演出効果 『勇士の紋章』のBGM群
「怖い」とも「悲しい」とも違う…心をささくれ立たせるBGM
ここでいう「暗い」とは、いわゆる悲しい曲や
おどろおどろしい曲とは
また異なります。
こういった曲は、感情へダイレクトに訴えますから、
一聴すればすぐに
「あ、物悲しい曲だなあ」
「怖い曲だなあ」
となります。
ですが、本作の場合、このわかりやすさがありません。
ただ単に、ひたすら重々しく、ドロドロした印象が残るばかりなのです。
公平に言えば、全体を見れば確かに様々な曲が用意されてはいます。
テンポの速い曲もありますし、むしろ曲のバラエティは
時期を考えれば豊かといってもいいほどです。
ただ、比較的軽快なテンポの曲であっても
明るさや爽快感が皆無な点だけは律儀にも共通しているのです。
どれもこれも妙にどんよりして抜けが悪い、開放感がない作品ばかり。
変な例えになりますが、曇りの日に
今にも雨が降ってきそうな灰色の空を
やることもなく眺めているような、
そんな気だるい雰囲気の曲ばかりなのです。
不協和音が多用されていることもあって、
聞いていても決して気持ちがいいわけでもありません。
とはいえ、それらの曲たちは本作の音楽面においては、いわばジャブ。
いいかげん心がささくれだった頃あたりで、真打が登場します。
印象にトドメを刺す、泥沼の3曲を解説する
この真打の曲、具体的には地上4F、地下2、3Fで使われているBGMがそれにあたりますが、
どれもこれも、誇張でなくヤバい曲ばかりです。
まず、地下2Fについては変拍子に加え、
それまでの曲ではまだ控えめだった不協和音を過剰にフューチャーした一曲で、
調子っぱずれの旋律が頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜてきます。
「狂った曲」以外の感想が思い浮かばないほどのひどさ(褒め言葉)で、
ここまでアレな曲はゲーム以外の音楽まで含めても極めてまれでしょう。
地上4Fの曲に至っては、曲というよりもただひたすらに重苦しい重低音の固まり。
実際には旋律は存在するのですが、殆ど起伏がなく、
印象の上では、ただ陰鬱な音が連なって流れてくるようにしか聞こえません。
聞いているだけで息が詰まるようなあまりの重苦しさに、
旋律そのものの印象はほとんど残らないでしょう。
その点では、もはやBGMと呼ぶべきかさえ怪しい。
プレイしていること自体を後悔したくなるような音です。
そして、トドメとなるのがラスト一歩手前の地下3F。
旋律はまるでレクイエムそのもののような沈鬱さなのですが、
一般的なレクイエムが暗い中にもある種の清冽さをたたえていることが多いのに反して、
この曲にはそんなものはありません。
恒例の不協和音の多用に加え、音のテンポを意図的に少しずつズラすなど、
「聞いていて気持ちの悪くなる音」を目指して
考えうる手段を片っ端から試したような仕上がりで、
まがまがしいことこの上ありません。
ある意味では、一級品のアレンジといっていいでしょう。
不吉さの演出としてはピカイチ
…たとえ部分的にであれ、ここまで暗い曲たちを大々的に採用したゲームは、
ほとんど見かけません。
ゲームというのは本質的にはエンターテインメントですから、
ゲームの進行上プレイヤーを怖がらせたり、悲しませることはあっても、
単に暗くするだけということはまずやりません。
ですが、本作はそれをやった。
しかも、シナリオなどはほぼ皆無であるにも関わらずです。
ただ、結果的に、ダンジョンの不穏さの演出としてはピカイチ。
BGMひとつで、ここまでゲーム内の「場所」が不吉なものになりえるものかと驚くでしょう。
3DダンジョンタイプのRPGは、ジャンルのイメージもあってか、
全体的にBGMはダークよりのものが使われることが多いですが、
それでも普通は上品さや格好のよさ、勇壮さなどを表現する作品が多いものです。
その意味では、本作のダンジョンの雰囲気は際立って異様。
世にもまれな
「頼まれても入りたくない、不吉なダンジョン」
が実現しています。
出来そのものは名作とはお世辞にも言えないものの、
3Dダンジョンタイプのゲーム史を振り返る上で、
忘れてはいけない存在と言えるのではないでしょうか。
MSX版はプレイ可能だが、音については劣化
なお、本作はファミコンディスクということもあり入手は困難ですが、
のちの移植版であるMSX版なら、
ゲームサイト『プロジェクトEGG』にて現在でもプレイ可能です。
ただし、このMSX版、グラフィックなどが強化された反面、
BGMは元ハードの性能上、
重低音なしのかなりスカスカな音になっており、
ここまで散々触れたBGMの独自性も大幅に減少しています。
ただ、その代わり一音単位での音ズレなど、
ある意味ではファミコン版以上に座りの悪い処理が
施されています(ミスか意図的なものかは不明)。
可能であればファミコンディスク版も移植していただきたいところですが、
気が向いたらMSX版でその片鱗だけでも味わってみてはいかがでしょうか。