山陰本線といえば、海。
一度でも乗ると、そういうイメージを持つ人は少なくありません。それほどこの路線は、海の絶景が素晴らしいのです。撮影ポイントとして有名な餘部橋梁上からの景観はもちろん、目まぐるしく映りかわる海の表情を存分に味わえることでしょう。ただ、実際のところ、海ばかりの路線というわけではありません。この記事では、そんな山陰本線の概要と魅力をご紹介していきます。
冷遇が生んだぶつ切りローカル線の集合体…山陰本線の特徴
現在在来線としては日本最長の路線となった山陰本線。京都から山口まで山陰側を縦貫するこの路線は、そのスケールに反して、長らく冷遇されてきた路線でもあります。
往時の山陰本線といえば、列車からして国鉄時代の古びた車体ばかり。電化区間は細切れな上に割合もわずかでトロトロとした走りが目立つ区間ばかり。ダイヤも細切れかつ本数もかなり少ない。そんな状況に、乗り合わせの悪さがトドメを差す。それが山陰本線のお決まりでした。筆者としても、お世辞にも気軽に乗れる路線ではない、というのが山陰本線に対する認識だったように思います。
高速化が進んでも全線乗り通しは高難度
現在はかなり高速化や電化区間も増え、新車両も投入されていますが、乗り通しの難易度という点ではあまり変わっていません。「本線」という名前こそついているものの、山陰本線は事実上複数のローカル線区間の集合体と言った方がしっくりくる状態なのです。
路線ダイヤを見ても、区間同士の接続などまるで考慮されていない場合も珍しくありません。もちろん、全体を見ればゴリゴリのローカル線と比べればまだマシな部類ではあるのですが、それでも18きっぷオンリーでの走破などはかなりキツイハズです。
この問題を解決するのが、特急の存在。乗り合わせが総じて悪い鈍行にくらべ、特急はそれこそ「さあ乗れ」と言わんばかりの適切なタイミングのダイヤでやってくるため(推測ですが、それを狙ってる部分はあると思う)、部分的に使うだけでも相当に違いが出ます。18きっぱーの方もショートカットのつもりで取り入れると見違えるほど楽になるはずです。
ただし、島根~山口県の県境区間(益田~長門市間)に関しては、その手段さえも効かない。最初から特急が存在しない上、日によっては日中ほぼ丸々足止めを食らいかねないダイヤで、乗車難易度は下手なローカル線を軽々と超えています。その上、接続する益田以東、長門市以西もかなり本数が少ないために、まずます調整が難しいです。全線通しで乗るなら、この区間をいかにクリアするかが課題となるでしょう。
絶景の車窓と観光地の数々…観光路線としての山陰本線
ただ、それだけならただ乗車が難しいだけのただのローカル線です。山陰本線がそういう見方をされないのは、数々の欠点を補ってあまりあるだけのウリがあるために他なりません。
ひなびた風景が「全線に渡って」続く、山陰本線の凄さ
まず、いうまでもなく海景色に代表される車窓風景の美しさ。京都を出てしばらくは内陸ののどかな風景の中を走っていきますが(その途中にも保津峡などの観光地が挟まれていくのがさすがですが)、兵庫~鳥取あたりから出現し始める海景色は、日本海特有のゴツゴツした海岸線の造形も相まってダイナミックそのものです。全線通しての割合はさほどではありませんが、景観の飛びぬけた良さに加えて路線の長さが相まって、ボリュームは十分すぎるほどです。
また、海以外にも、次々に出現する漁村であったり、ひなびた雰囲気漂うロードサイドの光景であったりと、都市部とは一味も二味も違う絶景が次々に出現します。生活感を感じさせつつも、どこかひなびた風景はそれぞれに情緒も強烈で、天気の良しあしに関わらず、日ごとに違った魅力を見せつけてくれます。これが一部でなく、全線通してこの調子というのが、山陰本線の最大の魅力なのです。
歴史的名所も温泉も…山陰本線の「味のある」観光地たち
車窓以外に山陰本線の旅の売りとなるのが、ほぼ全線にわたって出現する観光名所です。出雲大社、鳥取砂丘といった有名どころはもちろん、萩など歴史上の舞台となった街もあり、多方面から楽しめるはずです。
また、こうした歴史的な観光地の影に隠れがちですが、思った以上に沿線に温泉が多いのもポイント。そして、この温泉のバリエーションが広いのが特徴です。いかにも観光地然とした温泉地から、古くからの湯治宿の雰囲気そのままのひなびた温泉街まで様々。
前者でいえば、たとえば米子エリアの皆生温泉などは、日本海を露天風呂から直接眺めながらの入浴が可能な宿がかなりの数存在します。値段が張るのは確かですが、早めにチェックインして夕日を見ながら入浴すれば、それだけで別世界に来た気分になるかもしれません。
また、後者としては温泉津温泉などが代表格。観光系の温泉とは違って比較的安く上がるのも魅力ですが、それ以上にこれらの街並みは、昭和の時代にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれるでしょう。
総じて言えることは、いわゆる「味のある」スポットがとにかく多いこと。これは山陰本線沿線の共通した美点と言えます。
焦って乗り潰すのがもったいない、大人のための観光路線
その点から言えば、ただただ先を急ぐのはかなりもったいない路線と言えます。長大路線なだけに、ほんの少しずつ区間を区切って楽しむもよし、思い切り休みを長期間とって楽しむもよし。
もっとも、敢えて言葉を選ばずに言えば、山陰本線とその沿線の魅力というのは、時代に取り残されたゆえのものという部分も少なからずあります。いわば地域政策のマイナス面が生んだ副産物であり、地元の方にとっても手放しで喜べるとは言い難い面もあるかもしれません。ですが、そんなことを考慮した上でも、なお目を離せないだけの、分厚い魅力があるのは確かです。
山陰本線とその沿線は、どこをとってもいわゆるテーマパーク的な派手さからは縁遠いです。その代わり、古き良き日本の味を「静かに」「じんわりと」堪能させてくれることでしょう。まさに大人のための観光路線と言えます。
ホテルなどの計画をしっかり練った上で、1度に欲張らずにエンジョイされることをお薦めします。