猪の子供・ウリ坊といえば、その愛らしい姿で人気が高く、見るだけでメロメロになってしまう方も少なくないでしょう。
そんなウリ坊をフューチャーしたかのようなネーミングの伝統行事が、「亥の子の祝い」です。読み方は「いのこのいわい」。ウリ坊好きにとってはつい微笑んでしまうような名前ですが、実際のところはかなり現実的な祈りを込めたイベントなのです。
この記事では、亥の子の祝いの由来や日取り、定番の食べ物、お祭りの模様などをまとめてご紹介します。
亥の子の祝いの起源と意味合い・日取り
亥の子の祝いとは、一言で言うなら無病息災・子孫繁栄を祈る伝統行事です。時期や繁栄という趣旨からか、農村においては収穫祭という側面も持ちます。
具体的には「旧暦10月の最初の亥の日の亥の刻」に、新穀で作った「亥の子餅」を神様にお供えするとともに家族で食べる、という内容。基本的には家庭内でのイベントという趣が強いですが、地域によっては神社などのお祭りとして催される場合もあります。
なぜそんなイベントにウリ坊が出てくるのかというと、猪というのは多産で知られる動物だからです。
亥の子の祝いの起源
亥の子の祝いの起源は、実はよくわかっていません。有力な説としては、古代中国の「亥猪祝」と言われる風習が日本に伝来したというものなどがあります。
ほぼ確実なのは平安時代には既に日本に伝わっていたという点で、何気に古くから根をおろした行事です。また、貴族など当時の支配階級だけでなく、民間にまで広がっていったという意味で、普遍性を持つ行事とも言えるでしょう。やはり、健康や繁栄を願うのは、時代や身分を問わず誰だって一緒だということなんでしょうね。
ただ、何故だか西日本に限定された広がり方をしており、関東以東ではほぼ見かけることはありません(もちろん似た行事はあり、「十日夜」と言います)。
こたつ開きにはうってつけの日
繁栄を願う側面の他に、亥の子の祝いにはもうひとつ意味があります。それは、こたつ開きにうってつけの日ということ。
これは、古代中国で猪が「火に強い動物」とみなされていたことによります。当時の中国では、すべてのものは陰陽、及び木・火・土・金・水、およびから成ると考える陰陽五行説が盛んでした。この思想に則るなら、亥は水に該当するため、火に強いということになり、その流れで、火事などを防いでくれるという縁起が生まれたというわけです。
そのため、地域差はあるものの、かつての一般家庭でも囲炉裏や掘りごたつに火を入れる日として定着しました。今となっては電気ごたつが主流とはいえ、縁起を担ぐなら倣ってみてもいいかもしれません。ただ、こたつの時期としては少し早く感じるかもしれませんが…
亥の子の祝いはいつ?日取りの法則
先述したように、亥の子の祝いは旧暦10月の最初の亥の日に行います。
では、これは現代の暦でいうといつになるのかですが、「11月の最初の亥の日」がその日に当たります。つまり、毎年日取りは変化します。
ここ数年間の日取りをまとめておきますので、ご参考までに。見てのとおり幅がありますが、まとめて言えば11月の最初の12日間のどこか、ということになります。ただ、イベントに関しては、必ずしもこの日取り通りで実施されているわけではないため、ご注意ください。
2020年 | 11月4日 |
2021年 | 11月11日 |
2022年 | 11月6日 |
2023年 | 11月1日 |
2024年 | 11月7日 |
2025年 | 11月2日 |
2026年 | 11月9日 |
2027年 | 11月4日 |
2028年 | 11月10日 |
2029年 | 11月5日 |
2030年 | 11月12日 |
亥の子の祝い定番の食べ物・亥の子餅
亥の子の祝いに欠かせない食べ物が亥の子餅です。別名として玄猪餅(げんちょもち)、厳重餅(げんじゅうもち)とも言われます。「無病息災で過ごせる」とされる、行事としての肝というべき存在です。
ベースはその年に収穫された新米で作った餅。これに、7種類の原料(大豆・小豆・大角豆・胡麻・栗・柿・糖)を粉にして混ぜ込んだもの、ということになります。
ただし、これはあくまで文献通りなら、という話で、現在はかなり作り方には差異があります。店頭販売されているものはもちろん、家庭で作るにしても、そのレシピはシナモンを使ったり、逆に材料を省いたりと様々。要するに、作り方にはあまりこだわらなくても大丈夫という感じになっているのが現状と言えるでしょう。
源氏物語にも登場!古来からの縁起物
ちなみに、この亥の子餅ですが、日本文学の始祖ともいわれる『源氏物語』にも登場します。
「葵の巻」において紫の君と過ごし始めて2日目に亥の子餅が出されるというのがそのシーンで、この場面自体は、当時の風習だった「三日夜の餅」(結婚3日目に食べる餅)に繋がるものに過ぎないのですが、当時の時点で縁起物として定着していたことはうかがえます。
ウリ坊を模したかわいらしさ
亥の子餅の特徴とされるのが、ウリ坊を思わせる可愛らしいルックスです。
よくみられるパターンとしては、ウリ坊の特徴でもある背中のシマシマ模様を餅の表面に焼き付けるというもの。見た目としてもなかなかで、素朴ながらすこし食べるのがもったいなくなる魅力があります。
ただ、実際のところは店売りの商品でも、こうしたところまではこだわっていないことも多いですが(見た目はバラバラです)。手順としては火であぶった串を押し付けるだけなので、食べる前にひと手間かければ子供たちの反応が変わってくるかもしれません。
手軽に用意するなら店舗売りの亥の子餅を
亥の子の祝いは曜日が年ごとにコロコロ変わりますから、休日ならまだしも平日だと手数をかけていられないことの方が多いでしょう。そういう時は、店舗売りの商品を買ってくるのが一番手っ取り早いです。
期間限定ではありますが、10~11月中なら各地の和菓子メーカー・菓子司が扱っており、各地のデパートでも(何故か縁の薄い関東地方でさえ)購入することが可能。ちなみに、お値段の方は数百円程度とかなりリーズナブルです。
亥の子餅はいつ食べればいい?
さて、自分で作るなり買うなりして準備した亥の子餅ですが、これはいつ食べるべきなのでしょうか。
これは、最初にも書いたように、「亥の刻」に食べるのが本来の姿です。では、その時間帯はいつかというと、概ね21時~23時に当たります。
少々遅い時間ですが、晩御飯のあとの風流なスイーツと思えば、なかなか悪くないのではないでしょうか。
亥の子餅は炉開きでの茶道菓子という顔も持つ
ちなみに、亥の子餅は茶道ではこの時期の茶席菓子の定番でもあります。
これは何故かというと、こたつ開きと同様、茶道の炉開きも亥の「火につよい」という縁起に乗っ取って、亥の子の祝いの日に行われるのがしきたりとなっているためです。冬が迫ってくる晩秋の茶席で、お茶とともに味わう亥の子餅…なかなか風流です。
茶道をされている方にはむしろ定例行事でしょうが、茶道教室などの体験レッスンで出してくれたりしますので、未経験だけど興味がある!という方は手近な教室のスケジュールを確認してみては。
亥の子の祝いの華、亥の子祭り
亥の子の祝いが家庭内にとどまらず、お祭りとして定着しているエリアもあります。お住まいの近くでなければ縁が薄いでしょうが、お出かけのタイミングと合うようなら立ち寄ってみるとまた違った非日常が楽しめるかもしれません。
日本風ハロウィン?亥の子つきとは
こうした催しの際によく行われるのが、「亥の子つき」です。
稲藁で作った「亥の子槌」や人間の頭部大の円形の石に鉄の輪や縄をつけた「石亥の子」で地面を叩きながら町内の家々を回るというもので、ノリとしては近年流行りのハロウィンに近いものがあります。
地面を叩くというのは、その土地に住む精霊たちに力を与え、豊穣を願うという意味合いが込められています。
露骨なまでの豪快さ・亥の子唄
また、町内を練り歩く際に歌われるのが「亥の子唄」です。
地域によって様々ですが、昔ながらの数え唄などの形式をとっており、江戸時代の大道芸、「大黒舞」などからの影響が強くみられるのが特徴。歌詞はご想像の通り、概ね行事のコンセプト通りに繁栄を願う内容となっており、商家などにも普及していた歴史もあってか、「屋敷を広げる」「蔵を立てる」「繁盛せい」「金持ち」などなど、聴いているだけで成功できそうなワードが詰め込まれています。
ある意味、ここまで露骨な歌詞もなかなかないですが、勢いと豪快さを感じさせますし、行事の主旨を考えればむしろこれくらいの方がちょうどいいのかもしれません。
亥の子祭りが行われる地域
亥の子祭りを実施するエリアは西日本に限られており、具体的には広島・愛媛・山口・京都・三重などの県で行われています。
ただし、これらの県でも、地域によっては既にすたれてしまったところもあります。一方で、大々的なイベントとして開催するエリアや、町内会レベルの素朴な行事として続行している地域もあり、この辺りはかなり温度差があると言えます。
広島や京都では大々的な亥の子の祝いイベントも
比較的大々的に開催している例としては、まず広島市で行われている「大イノコ祭り」があります(※注:2020年は中止)。20年時点での本会場は袋町公園で、100本近い本数の竹を利用して1.5トンの大石を吊り上げ、これを亥の子石に見立てるインスタレーションが行われます。夜には音楽やアートなどを駆使した表祝祭も実施されるなど、「亥の子祭り」という行事を現代的にアレンジした印象の内容と言えるでしょう。一方で、昔ながらの子供たちの巡行も近隣の商店街を舞台に実施されるなど、しっかり伝統的な部分も継承しているのが心憎い所です。
一方、京都の護王神社では、そのものズバリ「亥子祭」というイベントが開催されています。これは何かというと、まだ宮中行事だったころの「御玄猪」をそのまま再現するというもので、雰囲気はまさに平安時代そのもの。現代離れした異空間ぶりから毎年多くの拝観者を集めるイベントとなっています(※2020年は一般の参列中止し、ライブ配信を実施)
亥の子の日に祈る将来への願い
子孫繁栄、無病息災。収穫祭系の行事ではよく見られる言葉ですが、仮にこれらの願いを一言でまとめるならば、「将来への希望」ということになるでしょう。
病なく災いなく財を打ち立て、そして次の世代にその力を託していく。
亥の子の祝いは、そうした希望をまさに濃縮還元した行事と言えます。それはきわめて現実的な願いではあるのですが、だからこそかつての支配者階級から庶民に至るまでの心をとらえたのでしょう。不景気・不穏な話も続く昨今ですが、こうした世代を超えた願いを思い出す機会として、ゆっくり亥の子の日を味わってみてはいかがでしょうか。