一周回って新鮮!秋本治氏のオールド・ストロングスタイル

数年前の『こち亀』終了後、秋本治氏の作風の広さに驚いた方は多かったんじゃないでしょうか。
特に『BLACKTIGER』などは、人死にまくり、爆破しまくりのガンアクションで、驚きをもって迎えられました。
破天荒さが影を潜めてからの『こち亀』が長かっただけに、その頃以降に秋本氏を知った方にとってはかなりの衝撃だっただろうと想像できます。

とはいえ、秋本氏はもともとごりごりのアクションものが決して少なくありませんでしたし、たとえ人情ものにしてもこれでもかという破天荒さと過激さを持ち込むのが常でした。
だから、古参読者としては、最近の動きはむしろ原点回帰という印象が強いです。
むしろ後半のこち亀のほのぼのしたノリの方が例外的だったとも言えます。

洗練?なにそれおいしいの?な『こち亀』初期

もっとも、原点回帰と書きましたが、前述の『BLACKTIGER』にしても、初期作とはかなり違っていて、エンタメとして洗練されているんですよね。
ノリこそ過激でも、話の構成にしてもコマ割りにしても、ちゃんとしているという感じ。
逆に言えば、初期の頃の秋本氏(当時は山止たつひこを名乗っていましたが)のブチ切れ具合は、洗練こそされていないものの、その分破天荒を通り越してカオスでした。
そのカオスっぷりを一番端的かつ手軽に味わえるのが、代表作である『こち亀』の初期作なのです。
人によって多少のブレはあるでしょうが、私の場合は1巻から10巻くらいまででしょうか。

もちろんギャグなのは変わらないものの、このころの両さんはまさに暴力警官という言葉がぴったりくる人物でした。
周囲を固めるキャラの暴走っぷりもすさまじく、要はマトモなキャラがほとんどいない。
だから、作品の方向性としても暴力的な過激コントという印象が強いです。
話の筋はもちろんあるのですが、しっかり構成を固めるというよりも、そうした激しいコントをひたすらつないで一話に仕立てたといった雰囲気で、印象としては舞台に近かったです。

現在では不可能!リミッターオフなキャラと過激表現

キャラの過激っぷりについて、特に顕著なのは、やはり1話からの登場である中川でしょう。
中盤以降は良識派キャラの代表格だった彼ですが、1話の段階では度を越した拳銃マニアで、興奮のあまり実銃を町中に向けて発砲する有様。
町で見かけたら近寄りたくないキャラの筆頭です。
それは、堅物キャラである部長も同じ。さすがに中川ほどではありませんが、後期のように単に両さんの押さえ役ではなく、自らが破壊工作に出ることもたびたびでした。
愛車に傷をつけた走り屋連中を、その場で一人で壊滅させたりとか。

そして、こうした行動そのものの破天荒さ以上に目立つのが、いちいちキレたセリフ。こちらについては現行単行本では無難な形で修正が入ってしまっているため少々薄味にはなっていますが、もし古本などで手に取る機会があったら、一度は見てみて欲しい。こんなセリフいいのかと目を疑うこと必至です。よく生の舞台は不特定多数に向けたテレビよりも過激だと言われますが、まさにそのノリが少年誌で展開されていたことに、驚愕を禁じ得ません。

読者の首根っこをひっつかむ、オールドスタイルの力強さ

こうした無秩序なノリは、少なくとも少年誌では今となっては不可能で、言ってみれば昭和特有のノリなんでしょう。整合云々といった理屈はさておいて、とにかくその場での勢いとインパクトをひたすら重視するその作り方は、古臭さはどうしても否めません。

ただ、思うに、秋本氏はこの「昭和ノリ」が強くなればなるほど本領が発揮できるタイプなのではないでしょうか。
実際、最新作の『BLACKTIGER』にしても前述の通り洗練されているものの、根底の部分では理屈よりも過激さを最優先した西部劇ですから。

昭和のノリという言葉が揶揄されることも少なくないことでもわかるように、それは古臭さと紙一重です。
ですが、そういう作品自体が少なくなっている現在では、それは一周回って新鮮なエンタメとして感じられます。あの頃の作品全般に言えることですが、読者の首根っこを強引につかんでいくような、力強さがあるんですよね。
「過激」というのが単なるバイオレンス表現と同義になりつつある現在だからこそ、初期『こち亀』のカオスさは再認識されるべきものなのではないでしょうか。

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