超現実に逃げなかったホラーミステリー『ファミコン探偵倶楽部』

構造的に、ホラーというのは読み手を何とか世界に引き込まないといけない。
言い方を変えれば、ユーザーが客観的な第三者としての視点を保っている限りは、怖くもなんともないのだ。

この点において、テレビゲームというメディアは、書籍などに比べて圧倒的なメリットを持っている。
表現手法の差こそあれ、基本的にテレビゲームというのは、プレイヤーがそのまま主人公の役割を担うことが前提。
感情移入に重点を置いているだけに、第三者としての視点を失わせるのが極めて容易なのだ。

もちろん物語自体のクオリティが担保されていることが前提だし、BGMなどの演出要素との相性も出てくるから、ある意味では書籍以上に難しい面もある。
けれど、それだけに一旦没入できた場合は、それこそ身に迫る迫真さを伴った恐怖感を味わうことができる。

これを生かした成功例は数多くあるけれど、それを探偵ものに活かした往年の名作が『ファミコン探偵倶楽部』だ。

ホラー系探偵ゲームの伝説 『ファミコン探偵倶楽部』

初代ファミコン時代に任天堂自ら発売したこのシリーズは、シリーズとしては作品数も少ないし、決して大規模なものではない。
にも拘らずインパクトは抜群で、今でも新作を待ち望んでいるファンも少なくない。
著名人の例では、声優の杉田智和氏が熱狂的なファンであることが知られている。
もっとも、制作時に中心人物だった坂本賀勇氏(シナリオなど担当。『メトロイド』の作者としても知られる)が今の時代には合わないと発言しており、新作が出る可能性は恐ろしく低いと思われるけれど。

その特徴は、探偵ものという本来サスペンス色の方が強く出やすいジャンルでありながら、徹底的にホラー性にこだわった作風にある。
横溝正史的なおどろおどろしい世界観を事件のモチーフとして押し出し、その上でそうした舞台に主人公が「巻き込まれる」形をとっているのだ。

一般的な探偵ものでは、いくら事件自体が陰惨だとしても探偵本人にとっては他人事なのが普通だ。
いくら探偵が事件に感情移入しようと、探偵はそもそも当事者ではない。利害関係があるわけでもないし、依頼者とその遂行者という関わりを超えるものではないのだ。
だから、事件そのものの恐ろしさや悲しさを表現することはできても、差し迫った恐怖感を演出するのには、そもそもジャンル的にあまり向いていない。

本作の特徴は、まさにそれを乗り越えたところにある。
探偵本人の立場が他の作品とは明らかに違う。
主人公が、当事者とまではいかないにせよ、それに近い立場で危険に直面せざるを得ない構成になっているのだ。
それに加えて、本作は「探偵=プレイヤー」という図式を律儀なまでに守っている(名前も自分でつける)つくりのゲームなため、感情移入度も文句なく高い。

そんなプレイ環境の中で描かれる事件そのものは、横溝正史を現代によみがえらせたようなオカルト性の強いもの。舞台設定としては、ホラーそのものであり、演出もそれを意図的に煽る方向で徹底している。
しかも、力加減も絶妙なのだ。決してやりすぎにならず、けれど抑えるべきところを確実に押さえてくる、抑制のきいた恐怖描写は、古典的な幽霊ホラーを思わせる。
なかば主人公と同化した状態でこれに直面させられるのだから、その恐ろしさは言うまでもない。
特に、チリチリと足元からあぶられていくような、逃げ場を奪われていくような圧迫感はすさまじく、例を見ないといってもいいだろう。

あくまでミステリであることを貫いた『ファミ探』の彗眼

それでいて、題材がいくらオカルト的でも、内容はあくまで現実的なのが、本作の真骨頂だ。
この手の物語の始祖である横溝氏がそうであったように、本作も超現実に逃げるような真似は一切ない。
幽霊少女を扱った2作目「うしろに立つ少女」においては、最後まで帳尻が合わずに謎として残ってしまう点がごく一部あるが、それも物語の余韻として許せる範囲内に収まっている。

怖がらせることを前提としているだけに、本作の話の展開ははっきりいって残酷。
健全なファミリー向けメーカーといった任天堂のイメージからは想像もつかない陰惨さだ。
描写的に、現在だったら難しいものも多い。
けれど、そうした物語だけに、興ざめすることがない。ホラー風味を台無しにすることなく、最後まで活かしきっているのだ。
逆に、だからこそ本作において唯一空想要素の強い、少年探偵という設定がうまくごまかされているともいえる。

ホラーをモチーフとした物語は、プレイヤーの恐怖心を徐々に盛り立てながら、最後のカタストロフ的な展開に向けて盛り上がっていく。
話づくりとしては、ホラーとしても探偵小説としても極めて古典的で、その意味では奇をてらうことのない物語だ。

だからこそ物語としての完成度が非常に高くなっている。
実際のところ、ホラーとしてのショッキング性を重視した作品ゆえに、探偵ものとしての論理性という点では少々疑問を抱く部分があるのは否めない。
けれど、全体としての物語全体が王道だからこそそこがあまり気にならない。いい意味で、物語に流されることができるのだ。
そして、そうした構成だからこそ、綿密に計算された「怖いポイント」が、素直に次々に心に刺さってくる。

ホラー作品としてはもちろん、王道の物語づくりの魅力を味あわせてくれるという意味でも一度は見ておきたい作品と言えるだろう。

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