猛烈な毒性!ブラックユーモアコミックのオリジン『黒ベエ』

初期作品、あるいは、連載ものの第一話など「最初に描く作品」というのは、まだ作風が固まっていて不安定な面があるのが常だけれど、その反面、インパクトは同じ作者の後発のものに比べてもはるかに大きいことが多い。
これは、読者へのインパクトなどの現実的な理由ももちろんあるだろう。
けれど、それ以上に、まだこの先どうなるのかが不確定だからこそ、その作家のオリジナル性が出やすいという面はあると思う。
素のままの構想やイメージが、変な計算を介すことなくストレートに出やすいという事だ。

言わずと知れた巨匠漫画家・藤子不二雄A氏の『黒ベエ』もそんな作品のひとつだ。

藤子不二雄Aのブラックユーモアの出発点 『黒ベエ』

本作はA氏のブラックユーモア作品の初期作品。
彼が70年代にこうしたジャンルに進出したばかりの頃のものだ。
相棒だったF氏に比べて怪奇ものなどのダークな作風の印象が強いA氏だけれど、有名作品『笑うせえるすまん』と並ぶその手の路線の出発点である。

『黒ベエ』は昭和44年に、週刊少年キングに連載。
「影男」を名乗る不気味な放浪少年、黒ベエが主役の、各話完結式の作品だ。

本作の特徴は、主役である黒ベエは実質的には狂言回しであり、実際に話のメインを勤めるのは各話に登場するしがない一般人たちという点である。
卑屈だったり、悪人だったり、情けなかったりと方向性はさまざまだけれど、いずれにしても少年誌でメインを張るタイプとはかけ離れたキャラクター達。
そんな彼らが日常の中で、ひょんなきっかけからドツボな不幸にハマっていく様子が、本作のメインだ。

では、黒ベエが本作でどういう役割を果たすかというと、ほとんどの話においては「トドメ役」。
意図しているわけではないけれど、黒ベエの差し出す救いの手は、決してしがない一般人たちを幸福には導かない。
むしろ、傍観者だった黒ベエが行動を起こすことで、彼らの不幸は(自業自得的な話もあるとはいえ)往々にして「確定」してしまう。
そんな、否応なしに破滅的な結末に向かう一般人たちの姿が、滑稽さと一抹の物かなしさを交えながら描かれている。

少年向けにアレンジしているとはいえ、「不幸への案内役」ともいえる黒ベエの役割など、「笑うせえるすまん」とテイスト的にも内容的にも共通点の多い作品だ。

成功作ではないが毒の強さは一流『黒ベエ』

まず最初に断っておくべきは、本作は失敗とまでは言わないまでも、成功作とはお世辞にも言い難いという事だ。
当時の単行本は全3巻で完結している。
まず、この巻数の時点で、少なくとも商業的にはそれほど人気を博さなかっただろうことは容易に推測できる。

なにしろ、のちに人気作となった怪奇ヒーローもの『魔太郎』などと違い、本作は純然たるブラックユーモア。
ブラックユーモアは、その性質上元々大人向けのジャンルではあるけれど、それ以前に向き不向きが激しい。
嗜好が合わないと、そもそも何が面白いのかさえ理解できないことも少なくないのだ。

そんなジャンルを、よりによって少年誌で大手を振って展開したわけで、この時点で広範な読者の支持を得るには不利もいいところだ。
そんな作品に「爆笑!」などというキャッチを振っていたわけで、編集部でさえ作品のツボを理解できていなかったのではないかとさえ思わせるふしがある。

結果、短期連載に終わった本作は、ラストが打ち切り的なのはもちろん、ブラックユーモアとして見ても明らかに迷走してしまっている。
作品全体を通してみる限りにおいては、決してクオリティ的にも高いとは言えないのだ。

にも拘らず、本作がいまだに藤子A氏の作品史を語るうえで欠かせない存在になっているのは、作品前半のブラックユーモアとしての完成度の高さが大きい。
なにしろ、彼が発表した大人向けブラックユーモア以上に、本作は真っ黒なのだ。
確かに、大人向けのようないかにもな表現は薄い。その代わり、アイデアの毒の強さは飛びぬけている。

少年誌レベルを逸脱…エグすぎる『黒ベエ』のエピソード

その上、本作の前半は、一話当たりのページ数が当時にしてはかなり多め(連載時にはこれを号ごとに分割して掲載)。一話あたり70ページ前後を割いているため、ストーリー性が大人向け短編と比較しても強いのだ。
必然、各話の犠牲者となる一般人たちの哀愁や情けなさが、徹底的に、容赦なく描き出され、それだけに最後の結末のショックが異常に大きくなっているのだ。

具体的な話数を挙げると、たとえば第三話では描かれる軍事訓練方式の新入社員教育がテーマ。えげつなさはもちろん、美しい高原という舞台のイメージと、新入社員を待ち受ける悲惨な結末とのギャップがすさまじい。
また、続く第4話では、家庭に居場所を失ったしがないサラリーマンオヤジがようやく見つけた車という趣味にはまり込み、そして無残な結末を迎えるまでを克明に描写。読後感の悪さは群を抜く。
というか、少年誌でこのアイデアをやろうという時点でどうかと思うが…(笑)

このように、今となっては掲載不可能なのではないかと思われる、えげつない内容のオンパレードに仕上がっている。
唯一少年誌らしい面影を残すのは、黒ベエの存在だけだ。
キャラの魅力には乏しい、ただひたすらに不気味な彼だけれど、大人向けのブラックユーモアが悲惨な内容でフォローなくブツ切りにする傾向が強いのに対し、本作は一応黒ベエがオチはつけるためだ。
これがあるかないかだけでも、話としての印象はだいぶ違う。
もっとも、そのオチに微塵も救いはないあたりが、本作が本作たるゆえんなのだけれど。

今読むなら、本作が少年マンガであったという恐ろしい事実は忘れて、ひとつの独立したブラックユーモア作品と割り切って読むことをお勧めする。
初期作には計算がないと書いたが、本作はその真っ黒さにおいて、まさにその典型例だからだ。
むしろ少年マンガだと甘く見て読むと、大やけどすること必至だ。

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