ナンセンス作家としての藤子・Fの真価を『倍速』に見た

SF作品を軸にして藤子・F・不二雄氏の作品を語ろうとすると、どうしてもそのシニカルさや先見性といった、言ってしまえばちょっと高尚な感じの切り口になりがちです。
実際、それだけクオリティが高いってことではあるんですけど、忘れてはならないのは藤子・Fの作風の広さ。
そもそもSF作品が彼の作品の中ではマイナーな位置づけにあることからもわかるように、藤子氏にとってはシニカルな作風というのは一つの側面に過ぎないわけです。
逆もしかりなんですけどね。あまりにも「ドラえもん」の藤子Fって印象が強すぎるから。

さて、そんなF氏だけに、SFでもすべてがシニカルなものばかりというわけではありません。
単に、そういう作品が目立つだけで、実際にはリリカルさを打ち出したもの(「山寺グラフィティ」なんかはそちら方面では最高傑作でしょう)や、ほとんど一発ギャグのような作品も、数は少ないものの散見されます。
今回取り上げる『倍速』なんかもその類。敢えて言いますが、これこそナンセンス・ギャグの最たるものです。

デキる男という夢を叶える、大人のための夢物語『倍速』

主人公は何をやっても動きがトロくて、仕事でもプライベートでも割を食いまくっているサラリーマン。
言ってみれば「ガキ大将になれなかったジャイアン」といった風情です。
そんな彼がある晩、たまたま出会った怪しげなマッドサイエンティストから「自分以外に対して、時間の進みを遅くする時計」を受け取る…というもの。
それを使って、それまでとは真逆の、人間技じゃないレベルで素早い、無茶苦茶デキる男に変身してしまうという流れです。

この設定からもわかるように、まさに「大人のためのドラえもん」といった感じの作品なのです。
現実に不幸にも「動きがトロい」「遅い」というタイプに属してしまった人にとっては、どこでもドアなんかよりもこの時計の方が欲しいと思う事でしょう。
なんせ、作中でも描かれているように、動きのトロさって生活全部に関わってくる切実な悩みですし。
ある意味でワンアイデアではあるんですけど、藤子F氏って読者を分かってるなあと思います。
もっとも、実は藤子F氏自身の願望なのかもとは思いますけどね。マンガ家って職業自体、時間には常に追われてるだろうし。

順風満帆の中で描かれる、予想不可能なオチ

さて、「ドラえもん」などを見ればわかるように、藤子F氏のギャグ寄りの作品には「チョーシこいた奴がやり過ぎてドツボに嵌る」というストーリーラインが顕著にあります。
実際、起承転結でまとめるにはもってこいのラインなわけですが、意外なことに「倍速」は、もろにドラえもんの系統作品であるにも拘わらず、この例に当てはまりません。
デキる男になった主人公は最後までデキる男のままですし、その勢いで同僚の女の子まで射止めてしまいます。順風満帆です。

では、オチがないのかというと、そういうわけではありません。
というか、本作の真価はラスト1コマに凝縮されています。

ただ、そのオチが…読んでいる方の腰が砕けるレベル。
ドラえもんはおろか、他のSF作品だって…いえ、それどころか他の作家さんの作品までを見回しても、このオチは前代未聞です。
初見でどういうオチか予想するのはまず無理でしょう。

絶句すること必至の結末ですが、シニカルでも、いわゆる大笑い系でもない、「ナンセンス作家」としてのF氏の力量は、ぜひその目で確かめていただきたい。
読後、藤子・Fという一人の作家のイメージが完全に変わることを請け負います。

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