人一人の影響力は小さい。
一介の市民が社会全体に対して影響力を及ぼせることなど、ほとんどないと言っていい。
ただ、社会に対してはそうであっても、これが個人の日常レベルだと話は全く変わってくる。
周囲を見渡してみてほしい。
ある人物が一人その場にいるだけで雰囲気が変わる、といったことはないだろうか。
その人物がいるから、日々の暮らしが楽しくなる(あるいはつらくなる)という体験は、
誰にでもあるだろう。
広い意味での世界には影響がなくても、
狭い範囲であれば、人一人の存在によって世の中の見え方はまるで変わりうるのだ。
物語の世界でもこれは同様。
フィクションだけに現実にはありえないほど影響力を持っていたりすることはあるけれど、
それほど影響力がないキャラクターであっても、性格設定と動かし方次第で物語全体の印象が大きく変わる。
物語の世界というのは、言ってみれば箱庭のようなもので、読者にとっては極めて狭い世界なのだ。
それゆえに、あるキャラクターがいるかいないかで作品全体の感触自体が
天と地ほどに変わってしまう。
そんなことをふと思い起こしてしまう作品のひとつが、
『シルバー事件25区』。
別項で触れた『シルバー事件』の、時系列的には続編にあたる作品です。
『シルバー事件25区』の仕様と概要
まず、システム周りについてですが、完全一本道のアドベンチャーなのは以前と変わらず。
時々挟まれるうっとおしい謎解きも含めて、アドベンチャーゲームとしてのプレイ感に関しては、
基本前作と同じといっていいです。
一応、最終盤の選択肢によって100を超えるマルチエンディングに分岐する形式にはなっていますが、これはあくまでも形式上のもの。
メタなブラックジョークともいえるものですので、最初からそういうものだと割り切っておいた方が無難です。
シナリオは24区をモデルケースに創られた新興都市・カントウ25区が舞台。
続編とは言うものの、前作のキャラは過去のシナリオなど一部に登場する程度なので、
ほぼまったくの新シナリオです。
ただ、設定が前作をさらに発展させる形をとっているため、
前作をプレイしていないと理解しづらいものとなっています。
完全新規で本作からはじめてしまうと理解が追い付かないでしょう。
もっとも、本作をプレイするには、PS4で前作とのカップリングソフト『シルバー2425』を購入するか、あるいはPCゲームサイト・Steamで購入するかのいずれか。
Steam版に関しては単体購入も可能ですが、
作品知名度から言っても前作未プレイの状態で手を出すユーザーはまずいないでしょう。
前作と同じく複数視点からのシナリオで構成されていますが、
前作と同様の警察(凶悪犯罪課)視点、
第三者であるジャーナリスト(モリシマトキオ)視点の他、
25区を管理する総務省管轄の裏組織「地域調整課」視点の、
合計3視点からのシナリオが用意されています。
前作をしのぐ陰惨さとブラックさ
権力闘争を前面に押し出した血なまぐさいシナリオ
さて、前置きはこのくらいにして、作品の内容についてですが、
まずいえることは陰惨さが明らかに前作に比べて増していること。
カントウ25区は全国から移住希望者を募って成立した人工都市であり、
また、前作の24区と同じく管理社会なのですが、
問題はその管理の極端さ。
前作も大概でしたが、それに比べてもはるかにタチが悪くなっています。
その象徴とも言えるのが、今回シナリオ視点の一つとして登場した「地域調整課」。
裏組織と書きましたが、これは何をしている部署かというと、
「日々の行いが区民としてふさわしくない」とみなされた人物を
秘密裡に殺害してしまう(作中では「調整」と表現)セクションなのです
(厳密には殺人者を管理するセクションですが、本人たちもバンバン殺しまくります)。
ここでいう「ふさわしくない」行いですが、
日常生活における「あんまり褒められたものではない行為」レベルで
不適格とみなされるため、
一般人だろうがなんだろうが容赦なくあの世に送られて行きます。
いかに管理社会とは言え、ここまでくると世間に容認されるわけがありません。
だからこそ、本作の作品世界でさえ、表に出ない裏組織となっているのです。
また、その性質上、一応公然の組織である警察とは敵対関係にあります。
本作の警察は前作と同じく暴力行使を辞さない集団ですから、
お互いの内情は知らないまでも、捜査の過程で殺し合いも普通に起こります。
つまり、前作ではバックグラウンドに過ぎなかった権力闘争が、
今回はモロに物語として描かれているのです。
このため、血なまぐささは前作の比ではありませんし、
話としても非常にエグい。
軽妙なやり取りは健在ですが、
話の内容があまりにも陰惨なため、
それらのやり取りさえ妙にうすら寒く感じること必至です。
初代PSでは表現不可能なブラック表現
また、そうしたシナリオの特性を象徴するかのように、
ブラック表現も増大。
作中のジョーク一つとってもかなり黒いネタが増えています。
特に、中盤で発生する
凶悪犯罪課のメインキャラクター「シロヤブモクタロウ」と
地域調整課の殺し屋たちとの殺し合いは、
レトロなRPGの戦闘シーンを模したかのような作りで
表現技法としても異様なシュールさですが、
このシーン、描写ひとつひとつのヤバさが
前作とは比較にならない、尋常でない代物です。
もっとも、前作はPSソフトなので、
ここまでの描写は倫理規定上そもそも不可能だったでしょうが。
キャラクター特性が生む『シルバー事件25区』の寒々しい読み味
過去編まであるにもかかわらずキャラが見えてこない
とはいえ、ここまでなら前作の路線を拡大した表現ともとれなくもありません。
程度の差こそあれ、ディストピアものなのは前作だって同じなのですから。
ですが、プレイ感覚の近さとは裏腹に、
本作はストーリーを読んでいく上での印象が、
前作とはまったく違います。
前作『シルバー事件』は、殺伐とした管理社会を前提としながらも、
そこで生きていく組織人たちには人生観・価値観がにじみ出ていましたし、
むしろそこに重点が置かれていました。
見ようによっては非常に人間臭いシナリオだったとも言えます。
ですが、『シルバー事件25区』のシナリオは
びっくりするほどこの人間臭さがない。
詳しく言うとキャラクターがまったく見えてこないのです。
一応断っておくと、本作のシナリオは前作に比べれば
かなり整理されています。
投げっぱなしなのは同様ですが、
それでも前作に比べれば構造は幾分理解しやすいですし、
人間関係などの書き込みも増しています。
キャラクターの過去についての書き込みも多い。
前作よりもむしろ一般的な「物語」に近づいたと言えるため、
本来であればキャラクターへの思い入れも
膨らむのが普通です。
にも拘らず、本作のキャラクターたちには、
その余地がまったくない。
なにしろ、これだけ描写の密度が増しているにもかかわらず、
各人の人格がまるで見えてこないのです。
どこまで読んでも、異常なまでに平板なまま。
キャラが立っていないとも言えます。
登場人物の個性やアクの強さは飛びぬけているにもかかわらず、
まるでモブキャラの集団をみているような、
そんな印象なのです。
ここまでキャラクターの性格を感じることができない
シナリオというのも、そうそう見かけるものではありません。
ですが、よくよく考えてみると、
彼らはある意味では確かにモブなのです。
前作の刑事たちは、「24区」のルールに組み込まれてはいても、
自身の主義主張には極めて忠実でしたし、
物語の描写的にもその意思を感じさせる作りになっていました。
ですが、本作ではこの「キャラクターの意思」が
極めて不明確なのです。
確かに型破りなキャラクターもいます。
非合法集団である地域調整課にしても、
メインを張る「ツキシンカイ」をはじめ、メンバーたちは
感情を露わにすることを厭いません。
が、その割には、彼らにはまるで自分の意思を感じない。
感情とは言っても、それはその場その場の状況に対する、
言ってみれば即物的なものばかりで、
バックボーンとなる価値観が感じられないのです。
つまり、行動こそ過激なものの、
やっていることは単に状況に流されているだけ。
良く言えば順応しているとも言えますが、
これではモブキャラと大差ないということはお分かりいただけるでしょう。
前作にはかろうじてあった心温まるエピソードも今回は存在しないため、
ストーリーを読み進めれば進めるほど、
世界観の殺伐さ以上に、寒々とした感覚が沸き起こってきます。
将来を感じさせないキャラたちによる、極度の閉塞感
また、以上のキャラクターたちの順応っぷりに関連して、
顕著に現れているのが、
作品世界の「先」を全く感じさせないこと。
前作も確かに救いようのない価値観に支配されてはいたものの、
刑事の一人であるクサビや、モリシマトキオの思考は、
今後どうするのか―――つまり、体制への反逆も含めて、
この先どのように行動するかというものでした。
それはバーのマスターなどのサブキャラクターも同様。
その行動がうまく実るかどうかは別として、
そこには確かに、彼らの「将来」への視点はあったのです。
たとえ世界は変わらないにしても、
自分が、そしてこの世界が、多少なりともマシなものになるためには
どうすればいいのか。
それは発展性ともいえるものであり、暗い世界観を照らすただひとつの光であり、
だからこそ前作は、読後の後味は決して悪くないものに仕上がっていました。
言い方を変えれば、キャラクターたちの存在ひとつが、
作品世界への印象をまるで変えていたのです。
ですが、本作にはこれがない。
物語的には一応区切りはつけられるのですが、
発展性のある思考を持つキャラクターがまるでいないのです。
作中屈指の無茶苦茶な刑事である(前作でいえばクサビの立ち位置に相当する)シンコでさえ、
その点では例外ではありませんし、
前作から続けてメインの一人を張るトキオにしても、
本作ではどこか投げやり。見ようによっては無気力とさえ取れる有様です。
そのため、作品全体を通して、極度の閉塞感が漂っています。
まるで、どこにも行くことができなくなったような、不自由さ。
それがラストまで続くため、最後まで読み切った後には、
凄まじい倦怠感が残ります。
クオリティそのものの向上とは裏腹に、ますます人を選ぶ内容に
繰り返しますが、物語としてみれば、
構成などのクオリティは前作よりもだいぶ向上しています。
にも拘らず、読後の後味の悪さは出色。
続編にもかかわらず、テイストは前作とは真逆で、
前作以上にプレイヤーを選ぶ内容になっています。
ただ、ここまでどん詰まりの世界観は、
ディストピアものでもなかなか他では見かけません。
そんな、乾ききった、救いのない読み味を体験するのであれば、
本作はまたとない出来と言えるでしょう。
なお、前作でも特徴の一つだった絵画的なグラフィックですが、
今回は視点のことなる各シナリオごとに、
複数の絵画技法が使い分けられています。
極端に明暗のコントラストを出したり、
印象派のような、思考の混迷ぶりをそのまま絵画化したようなものありと
多彩ですが、いずれも鮮烈さをたたえ、インパクトは強烈。
この面から言えば、作品全体がアートとしても
なかなかの出来栄えになっています。