管理社会の暴力と美学 PS『シルバー事件』レビュー

数あるゲームジャンルの中でも、アドベンチャーゲームほどストーリーにすべてを依存するジャンルはありません。やることがストーリーを追う事のみである以上、その出来以外に評価を決めるポイントが存在しないのですから。
もちろんBGMやグラフィックなどの演出周りの影響は大きいものの、それにしたってストーリーがしっかりしていてこそです。

そのため、ストーリーに粗が目立つアドベンチャーゲームというのは、普通に考えたら存在意義さえも怪しい。たとえストーリーの好悪の差はあるにしても、です。

ところが、以上述べてきたような評価基準が全く通用しない作品というのも、少数ながら存在しています。

ここで紹介する『シルバー事件』はまさにその典型例と言えるでしょう。

管理社会の殺戮刑事 シルバー事件のディストピアな世界観

『シルバー事件』システムの仕様について

『シルバー事件』は99年に初代プレイステーションで発売されたのが初出となるアドベンチャーゲームです。
制作は、須田剛一氏率いるグラスホッパーマニファクチュア、発売はアスキーが担当しました。

※なお、現在本作はPC配信サイト「Steam」などでもリリースされていますが、
 本稿はPS版の仕様を基準にしたものです。あらかじめご了承下さい。

システム的には完全一本道のアドベンチャーゲーム。
ところどころに謎解きの要素も含まれはするものの、プレイヤーが介入する余地はほぼ皆無で、基本的にはただストーリーを読み続けるのみです。
その点では、アドベンチャーゲームというよりも、むしろノベルゲームと言った方がしっくりくるかもしれません。

実際、その分演出には徹底的に手間が割かれています。
場面展開に沿って不定形のウインドウを表示するフィルムウィンドウシステムはその象徴。
アドベンチャーではメッセージウインドウの位置などが固定されるのが一般的な表示スタイルですが、本作ではメッセージの表示位置も、グラフィックの表示位置も、
さらにはウィンドウの背景効果も
章立て、場面展開に応じて縦横無尽に変化します。
スタイリッシュな画面は、今に至るまで他に類を見ません。

殺人者集団かつ組織人…「カントウ24区」のダークストーリー

では、そのストーリーはどのようなものなのかというと、
ディストピアな管理社会「カントウ24区」を舞台とした刑事モノ。
テロリストや各省庁の派閥が裏で暗闘する中、
治安維持に奔走する「凶悪犯罪課」の刑事たちの姿を描きます。

話は2つの視点からのストーリーが並行して進行します。
一つは「凶悪犯罪課」に配属された刑事(プレイヤー。名前は任意入力)の視点からのストーリー。
もう一つは、フリージャーナリスト「モリシマトキオ」視点からの調査録です。
扱われている事件自体は同じですが、調査当局とただの部外者とで、
着目するポイントがまったく違い、これによって立体的に事件が浮かび上がってくる…というスタイルです。

さて、この世界の刑事たちですが、わざわざディストピアと書いた以上、
普通の連中ではありません。
この世界では、犯罪は伝染するとされており、
それだけに、犯罪者は「即時処分」…つまり、文字通りその場で殺されてしまうのです。

そして、「凶悪犯罪課」というのは、その即時処分を任されたものたち。
しかも、組織の理屈に反さない限りは、ほぼ自らの裁量だけで行動できてしまうため、
たとえ犯罪者でない相手であろうと、事実上自分の目的にそぐわない相手も好き放題に排除できてしまいます。

つまり、刑事とはいうものの、
やっていることだけをみればただの殺人者集団に限りなく近いのです。
実際、性格的にはロクな連中ではありません。

ただ、先に組織の理屈に反さない限りと明記した通り、
彼らにしてもあくまでも社会の駒でしかないというのがポイント。
やってることはともかく、間違いなく「この社会での常識」に沿った組織人ではあるのです。

一見クリーンな社会の裏 『Psycho-Pass』にも通じる世界観

そんな彼らによるかなり強引な治安維持によって保たれる社会のクリーンさ。
ただ、その上層部のうさん臭さは半端ではありません。

そんな舞台設定の中で、
かつて伝説的な殺人者と言われながら精神崩壊を起こして
収監されていた「ウエハラカムイ」が突然、
殺人者として目覚め、看護師を殺して脱走してしまいます。

そのカムイをめぐる血なまぐさい事件を軸に、
物語が展開していきます。

近年の作品で言うと、『Psycho-Pass』にもかなり近い世界観と言えるでしょう。
強引なまでの犯罪者の粛清、
そして、一見清冽な管理社会、そのもののうさん臭さなど、設定上かなり共通する点が多いです。
従って、興味をもつユーザー層はかなりかぶっていることでしょう。

ただ、それを前提とした上で、
あくまでもエンターテイメント性重視で仕上がった『Psycho-Pass』とは、
全く異なる方向性に仕上がっているのですが。

なお、シナリオそのものは重いですが、キャラクターのやり取りが軽妙なため、
ノリだけを見ればスタイリッシュさ重視のハードボイルドといった塩梅です。

ゲームとしては破綻した確信犯作品

投げっぱなしの悪癖は本作でも変わらず

さて、そんな『シルバー事件』ですが、
熱狂的なファンを抱えている割には、
ゲームとしてみるとかなり問題のある出来です。

まず、須田氏の作品に多く見られる問題として、
ストーリーが投げっぱなしなこと。

もちろん、ハナから理解させる気がなかったとしか思えない
『ムーンライトシンドローム』よりははるかにマシなものの、
説明不足や設定の不自然さは、
本作でも枚挙にいとまがありません(おそらく意図的なものでしょうが)。
この時点で、スッキリ話が終わらないと
満足できないユーザーにとっては
到底受け入れられないと言えます。

唐突さを感じざるを得ないシナリオの構成

また、ムーンライトシンドロームと違って、
本作は「犯罪者・ウエハラカムイ」という「軸」がハッキリしているため、
話の方向性がある程度整理されているのですが、
その一方で別の問題が生まれています。

というのは、カムイという話の軸があるにもかかわらず、
カムイとはほとんど関係のない事件のエピソードが半分弱を占めるためです。
そのため、「終盤に向けて話を徐々に盛り上げていく」という
構造にそもそもなっていません。
後半になっていきなりカムイがドーンとクローズアップされてくるため、
シナリオの展開として唐突すぎるのです。

個々のシナリオ自体は、殺伐とした社会の中での人間味を感じさせるいい話だったり、
特定のキャラクターを掘り下げてみたりと
それはそれで味わいのあるものなのですが、
全体を通してみてしまうと「あれ?」と戸惑ってしまうでしょう。

快感一切なしの苦痛すぎる謎解き

さらに、問題となるのが特定シーンで必要となる謎解き。
一本道のノベルに極めて近い本作では数少ないゲーム的な要素であり、
「刑事モノ」につきものの捜査という重要要素に関わるポイントなのですが、
これが擁護しようがないほどにひどい。

まず、有名な話なので書いてしまいますが、
本作のこの謎解き、PS版では全てマニュアルに答えが明記されています。
つまり、最初から「謎解きを楽しむ」主旨のものではないということです。

にも関わらず、該当するシーンは
操作性が悪い上、ひとつひとつの解法手順も退屈・単調の一言。
ひたすらうっとおしいという、考えうる限り最悪の出来。

しかも、それだけ面倒くさいにも関わらず、
謎を解くという行為、それ自体は、ストーリー展開には直結していません。
その場その場の場当たり的な数字入力だったり、
同じような場所を何度も訪問し続けるような、それだけのもので、
アドベンチャーゲームならではの
「こんな謎が隠されていたのか!」的な楽しみやワクワク感は皆無なのです。

つまり、普通に考えたらゲーム性どころか、
単にストーリーの進行の妨げ、プレイ時間の引き延ばしにしかなっていないのです。
「楽しい」とも「快感」とも無縁の、ただただ苦痛なだけの。

特に最終章の謎解きは、ストレスの余りテレビの画面をたたき割りたくなるレベル。
正直これについては、何のためにこんなシステムを導入したのか
問い詰めたいレベルです。

 

もちろん、ここまでくると、意図的にこのような作りにしたのはおそらく間違いないでしょう。

ですが、いずれにしたところで、ゲームとしての娯楽性を重視するなら、
本作はそもそも最初から破綻しているといってもいい作品なのです。
正直、ここまでに触れた要素だけなら
「失格」レベルと言っても決して言い過ぎではありません。
最大限好意的に言っても、「問題作」といったところでしょう。

キャラクターの人生観と美意識に酔えるかが評価を決める

本当の意味で「キャラクターだけで売る」を実行した稀有な作品

では、そんな「名作」とはお世辞にも言い難い本作に、
なぜ固定ファンをそれなりの数抱えているのか。

それは、一言でまとめてしまうと、

「キャラの魅力」

もっと言うと

「キャラクターが持つ価値観」

これに尽きます。

前述の通り、本作はストーリー構成も決して優れているとは言い難いですし、
キャラクター単位で言っても決して掘り下げが深いとは言えません。

ところが、その代わりというわけでもないでしょうが、
ストーリーを通して名言の宝庫。

もちろん、性格的に大概ぶっ壊れたキャラクターたちですから
ロクでもないネタが中心ではあるのですが、
要所要所に仕込まれた名言はどれもこれも、
各キャラクターの人生観や美意識が濃厚ににじみ出ているものばかりなのです。

彼らが今のようになってしまうまでの背景を知らずとも、
そして一つ一つのセリフ自体は極めて断片的なものに過ぎないにも関わらず、
深いところでキャラクターに共感してしまうような。

特に、無頼派のはみだしオヤジ的なポジションの刑事、クサビテツゴロウと、
トキオ編に登場するバーのマスターは、
作中でも「名言工場」とでもいうべきポジションにおり、
この2人のセリフだけでも
心にしみわたるものがあるはずです。

つまり、本来的な意味で、
本作はまさに「キャラクターだけで売る」ことを
実践した作品なのです。
こうした、キャラクターの魅力のみに依存する作りは、
萌え系作品ならともかく、それ以外では実はめったに見られません。
ましてや、キャラクターのもつ価値観のみで押し切るなど、前代未聞です。
しかも、ビジュアル的には写実的で、キャラクタービジネスなどとは
繋がりえない本作において。

ですが、その困難をなし得たからこそ、
本作の今に至るまでの評価があるのです。
濃厚な渋みがあり、
価値観とムードに染まれる方にとっては、たまらないでしょう。

バーの料理描写に見る、卓越した文章の底力

なお、本作は、単にキャラの名言だけではなく、文章そのものが徹底的に洗練されているのも特徴です。

特に、バーのマスターが終盤でトキオにオムレツを薦めてくるシーンの
セリフは、わたしの知る限り、
ゲームの世界での料理描写でも屈指の出来です。
あれをみてマスターのオムレツを食ってみたくならない
プレイヤーは、まずいないはず。
文章の描写力というのがどれほどの力をもつのかを知らしめてくれるはずです。

不出来ささえも味方にした奇跡的なハードボイルド

もちろん、本作『シルバー事件』は受け付けない方にはまったく受け付けないだろう内容ではあります。
ここまで見てきたようにゲームとして見てしまうと不出来ですから、
キャラクターの価値観に共鳴できるかどうかが全てと言えます。

ゲームの作り方としては、本作は正直、低評価の常連である『ムーンライトシンドローム』とさほどの違いはありません。
作者である須田氏の、「作りたいものを作った」結果であり、俺節ですから、マーケティングによる面白さなどとは無縁の代物です。

それが一定層限定とはいえ、熱狂的なファンを作るに至ったのは、
結局のところ、須田氏自身のハードボイルドに対する資質・作家性と、ゲームのテーマが奇跡的にかみ合った結果とも言えます。
それだけに、評価の良しあしの別れ方は別として、
プレイする誰もがありあまる熱量だけは強烈に感じることができると思います。
幸運にも本作に熱中できたならば、不出来な部分(不出来であること自体は否定しようがない)もひっくるめてブルーチーズのような魅力を感じるようになってくるでしょう。

ハマるか、切り捨てるか。
そのいずれであっても、取り扱い注意の劇物作品と言えるでしょう。

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